炊飯器は、もう要らない。

玄米を食べるようになって、炊飯器の出番がなくなった。

今ウチにある炊飯器は、何年も前に知り合いから譲り受けた
中古なので、ワタシは自分で炊飯器を買ったことがない。

白米よりも、発芽玄米を圧力鍋で炊くのが好きだし、
炊飯器がなくても全然困らない。

急に玄米が食べたくなったとしても、
圧力鍋で「ビックリ炊き」もできる。

最初はフタをせずに強火で15分くらいかき混ぜた後、
水を足して10分間圧力をかけて、
バスタオルにくるんで30分くらい蒸らせばいい。

ちなみにワタシは、玄米2合に対して最初の水が3合、
二回目の水が2合で炊く。

最近の炊飯器って、タイマーがついていたり、
煮込み料理ができたり、ケーキが焼けたりするらしいけど、
高性能な炊飯器って、本当に必要なんだろうか。

白米ならフツーの鍋でも簡単に炊けるんだし、
別に炊飯器がなくても生きていけると思うんだけど。

電気が足りないとか言ってるくせに、
次から次へと新しい電化製品を売り出して、
あの手この手で消費者に買わせようとする。

矛盾だらけの不思議な世界。

電気に依存した生活は、いろんな意味で
不自然で非人間的な気がするから、
電化製品は必要最低限でいい。

とりあえず、炊飯器はもう要らない。
ひきこもり、万歳。

主語は「自分」

あのヒトは、どうして逃げないんだろう?
あのヒトは、どうしてテレビ見て馬鹿笑いしてられるんだろう?
あのヒトは、どうしてあんなアホ上司の指示に従ってるんだろう?

あのヒトたちが、どうしようと、どう生きようと、
あのヒトたち自身の問題だ。

助けを求めているなら何かできることがあるかもしれない。
アドバイスを求めているなら何か一緒に考えられるかもしれない。

でも、何も求めていない相手にできることは何もない。
本人が自分で気づいて動き出すまで、待つしかない。

他人の行動にヤキモキしている暇があったら、
自分ならどうするか考えて、シミュレーションすればいい。
自分ならどうするか考えて、実際に準備すればいい。

その方がよっぽど健全で建設的だと思う。

自分なら逃げるのか、自分なら戦うのか。
自分ならどうするか。

他人の行動をいくら観察したって、批判したって、
そのヒトを動かすことはできない。

「あのヒト」はどうすべきか、じゃない。
自分ならどうするのか、だ。

他のヒトが何を言おうと、何を考えようと、
何をしようと、何をしなかろうと、どーでもいい。

今の自分にできることをして、
自分が生きたいように生きるだけ。

ひきこもり、万歳。

4月病、5月病。


世間には5月病と呼ばれる症状があるらしい。

ゴールデンウィーク明け頃から、新しい環境に適応できない
新入社員や新入生にみられるウツ病に似た症状のことだ。

年がら年中変化のない「ひきこもり」には無縁の5月病。
ワタシは、むしろ4月の方が憂鬱だ。

街中がお祭り気分の12月も苦手だけど、
入学やら入社やら何となくお祝いモードの4月も苦手。

飲み会やらコンパやら、その場だけ盛り上がるということが
できないタイプだったけれど、いわゆる「浮かれた空気」に
どうしても馴染めないんだよね、ワタシ。

アチコチから聞えてくる「見せかけだけの希望」とか。
表面上だけ「ウキウキ、ワクワク」した感じとか。
もう二度とやってこない「明るい未来」の懐古とか。

心機一転やり直そうと思っても、
漏れてしまった放射能をなかったことにはできないのに。

これまでのように無邪気に夢を膨らませたり、
無限の可能性を信じたりできないのに。

どんなにうまく取り繕っても
「これまでの社会」と「これからの社会」は何もかもが異なる。

目の前に立ちはだかる難問から目を逸らすことを強制されたり、
幻想を押し付けられるのには耐えられない。

それよりは、厳しい現実とまっすぐ向き合うことの方が、
まだマシな気がする。

ということで、ちょっと病んでましたが、
ぼちぼち復活しようと思います。

ひきこもり、万歳。

もう何も要らない。

開き直りか言い訳か。
自己暗示なのかもしれないけれど、
最近つくづく、ビンボーでよかったなと思うんだ。
地位も名誉もなくて、よかったなと思うんだ。

金も権力も要らない。
くれるって言われても、欲しくない。

だって、ソレを持たない身軽さを知ってしまったから。
ソレを持つことの弊害を嫌と言うほど見てきたから。

金を持つと惑わされる。
権力を持つと横柄になる、
名誉を気にすると本質が見えなくなる。

自分が弱い人間だってコト、わかっているから。
もう何も欲しくない。

自分が努力して手に入れたモノ、
自分の身の丈にあったモノだけ、
ほんの少しあればいい。

「贅沢しまくりの大金持ち」と「苦労しまくりの貧乏人」と、
どっちでも好きな方を選べるけれど、
そのどちらかしか選べないって言われたら、
今のワタシは「苦労しまくりの貧乏人」を選ぶだろう。

できるだけ身軽である方が、自分らしく生きられる。
そんな気がするから。

出生に恵まれたヒト、
運に恵まれたヒト、
何もかもすべて手に入れたヒト。

羨ましいと思っていたよ。昔は。
でも今は、憐れみすら感じる。

物質的に恵まれれば恵まれるほど、「学ぶ」ことが難しくなる。
物質的に恵まれなければ、簡単に「学べる」ってわけでもないけれど。

自分の頭で考える。
自分の感情を受け入れる。
自分自身に誠実に生きる。

モノに囲まれていると、なかなか素直に生きられない。
モノに囲まれていなくても、モノに執着していれば、結局同じことだけど。

身軽に生きたい。

だから、もう何も要らない。欲しくない。

開き直った「ひきこもり」の言い訳。
そうかもしれない。

でも、ワタシはね、今の自分の人生に
本当に満足してるんだ。

自分は他人に何を与えられるか、何を残せるか。
この地球の為に、今何ができるのか。
ただ、それだけを考えて、行動して、
最期の日まで生きたいだけ。

ひきこもり、万歳。

市販の「おやつ」はもう買わない。ドライフルーツのすすめ。

「おやつ」という甘美な響きが好きだ。

「おやつは200円まで」という遠足のお約束とか。

「おやつの時間よ、手を洗ってらっしゃい」って
エプロンをつけた優しそうなママが可愛い子どもを呼ぶ・・・
みたいな妄想の世界とか。

「おやつ」という言葉には、夢があると思うんだなあ。

間食は、なるべくしないようにしているけど、
時々食べたくなる「おやつ」。

でも、もう何年もいわゆるフツーの「おやつ」を買ってない。

代わりに常備しているのがドライフルーツ。

「おやつはドライフルーツ」って決めちゃうと楽だ。
それ以外のものを、見る必要も触る必要も知る必要もない。

白砂糖やショートニング、着色料・保存料等
わけのわからないものが大量に入っている
スーパーやコンビニのお菓子コーナーなんか
無視して素通りできるようになる。

ドライフルーツは、とっても「ひきこもり向け」の便利な食べ物だ。

通販で買えるし、常温で長期間保存できる上に、調理も不要。
そのまま食べるだけじゃなくて、甘味料の代わりにもなる。

レーズンにプルーン、アプリコット。
デーツに柿に無花果。

胡桃とかヒマワリの種とか、ナッツと一緒に口に入れてよく噛めば、
どっかの高級シリアルバーみたいな味になるよ。

「おやつ」なんて、アレやコレや買ったり作ったりしなくても、
果物をそのまま食べるだけで脳も身体も満足できるもんなんだよね。

「おやつ」を必要としない「仙人」への道はまだまだ遠いけど、
とりあえずは市販のおやつを卒業して、ドライフルーツに移行中。

余計なおやつは、もう買わない。

ひきこもり、万歳。

プロフィール

KIKI

Author:KIKI
今、必要なのは、情報に流されず、変化を恐れない「強かさ」と「しなやかさ」。シンプル・ミニマム志向で、消費の縮小と健康の維持に取り組む「ひきこもり」のブログ。(コメントは有難く読ませていただいていますが、現在お返事をする余裕がありません。何卒ご了承ください。)

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