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ひきこもり、万歳。

しかしまあ、こうしてネット上に溢れる情報を吟味したり、
気になったことを気が済むまで調べられるのも、
自分が今「ひきこもり」だから。

働いていた頃は、忙しさや疲労やストレスや、なんかかんやで
本当に無気力になって、ウツっぽかったし。

貯金を切り崩してる毎日だけど、無気力やウツや洗脳状態
に陥っている多くの働き人よりも、今の自分は幸せだと思うし、
心身ともに健康だし、本当にしたいこと、本当に好きなこと、
本当に欲しいもの、本当にしたいこと・・・が、やっと
見えてきた気がする。

ひきこもり、万歳。
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買い物は月2回

ひきこもり天国で困るのは、どうしても外出しないといけない時。
今は大抵の物がネットで買えるけど、結構送料かかるし、
普段の買い物はやっぱりスーパーの方が安い。

貯金切り崩しで贅沢できないけど、美味しいもの食べたい。
でも、毎日缶詰や冷凍食品なんて無理。
しかも、買い物にはなるべく行きたくない。

そこで、野菜とか生鮮食品を消費しつつ、ひきこもりを続ける私が
行き着いたギリギリの策が月2回のまとめ買い。

肉や魚は控えめに、野菜はたっぷりで、それなりにバランスの
取れた2週間分のメニューを作って、必要な食品をリストアップして。
結果的に食べすぎも防げる上に、余計なもの買わなくて済む。

2・3日毎にスーパーやコンビニに行って、行き当たりばったりで
何となく買い物してた頃より、健康にもお財布にもやさしい今の
暮らし。

ひきこもり、万歳。

「ひきもり」という生き方

今、学校でも職場でも、自分が本当に正しいと思うことを「正しい」
間違っていると思うことを「間違っている」って言えないですよね。
ポロっと言ってしまったら、KYだとか、イジメられて、叩かれるし。

だから、みんな必死で空気読んで、目一杯周りに気を使って、
自分がどう思うかじゃなくて、他人にどう思われるかってことだけを
考えて生きてる。私も昔はそうでした。

でも、それってすっごいストレス溜まるし、疲れる。どす黒い鬱憤が
自分の中に溜まりに溜まって、ぐるぐる渦巻いて、いつか爆発するん
じゃないかってヒヤヒヤしてました。

で、とうとう「ひきこもり」になった訳ですが、私みたいに開き直らずに、
たくさん我慢も努力もして、ものすごく頑張っている人にとっては、
人間関係の問題を全部放棄して、自分の生き方を正当化してる「ひきこもり」が
羨ましく(ウザったく?)見えるのも当然でしょう。

いわゆる「フツーの生き方」にしがみついている人たち。
ご苦労様です。でも、その生き方、本当に幸せですか?

「ひきこもり」の私は、地位も名誉もお金もないし、社会にも経済活動にもほとんど
貢献していないけれど、ただ、あるがままに生きる毎日に満足しています。
誰かを無意識に傷つけてしまうリスクに怯えることもなく、理不尽に傷つけられる
こともない今の生活。私は、幸せです。

言い訳三昧のひきこもり人生、万歳!

ひきこもり療法

新型うつって流行ってるじゃん?
仕事中はウツで外では元気、とか。
「ひきこもり」も、甘えるな、働けってよく叩かれるけど、
この新型ウツはより性質が悪い気がするなあ。

(引用ココから)ソース文末
「仕事の時だけうつになる」「休職中なのに趣味の活動は活発」
「休職中も同僚や上司に迷惑をかけているという認識に乏しく、
権利ばかり主張する」「他罰的で、すぐ会社や上司のせいにする」
「自分はうつ病だと公言することに抵抗を感じない」などのケースが
人事労務管理の現場で増えてきているようなのです。
(引用ココまで)

ということは、ウツだって言いながら、同僚に迷惑かけながら、
給料もらって、休職中は手当てもらって海外旅行して、働きたくなったら
戻ってくるからポストはキープしといてね、ってことだよ。

それにくらべりゃ「ひきこもり」なんて、建設的な生き方じゃないかも
しれないけど、別に誰にも迷惑かけてないし、私の場合は自分の意思で
ひきこもることに決めたわけだから、そのメリットもデメリットも
自らの責任で引き受けてるし、かわいいもんじゃん?

っていうか、この新型うつ、従来のうつとは、もっと分けて考えるべき
だと思うんだよね。薬も効かないみたいだし、うつ病と言うよりは、
適応障害に近い気がする。

(引用ココから)
「新型うつ病」と呼ばれるケースが増えてきた背景には、性格形成や
精神的な発達の過程でつまずいていたり、不幸な家庭環境で育って
いたり(物質面では恵まれていても精神的な暴力を受けてきた人も
少なくありません)、葛藤経験が少なく精神的に未熟な人が増えて
きたことと無関係ではないでしょう。

しかし一方で、商品を偽装して消費者をだます企業や、二重派遣に
象徴されるような、労働力の搾取に対して何も感じない自己中心的な
企業が増えたことも、無関係ではないと筆者は考えます。社会規範や
倫理観が弱くなり、ずるく上手に立ち回った者ばかり利を得る社会
であれば、自分を見失ったり、自分の殻に閉じこもったり、はみ出よう
とする者がいても不思議ではないでしょう。

人と人との関係は「鏡」だと言う人もいます。つまり、相手に問題が
あるのは必ずしも相手の問題ばかりではなく、自分の反応を映し出して
いる部分があるというのです。「新型うつ病」の出現は、社会や企業の
問題を映し出す「鏡」なのかもしれません。
(引用ココまで)

つまり、異常なのは本人だけじゃなく、会社や社会という環境にも
責任があるのでは、ということだよね。「ひきこもり」との共通点が
見えてきた感じ?いずれにしろ、問題のある社会に対して意義を唱える
のは、逆ギレとは言わないでしょ。

新型うつの人って、結局公正に機能していない社会とか会社に馴染めない
人ってことでしょう?いっそ、新型うつの治療として、「ひきこもり」
を推奨してみませんか?新型うつの攻撃性って、他人から自分を守る
ための自己防衛の手段だと思うし、ストレスフルな環境から距離を
置いて、誰からも攻撃されない自分ひとりの檻の中でなら、
ゆっくり自分と向き合って、冷静に自分や他人や社会を見つめ直したり、
自分なりの生き方を発見したりできるんじゃないかな、と。

今、死に物狂いで守っている既得権が、実は大した物じゃなかった事に
気づくかも。自分探しとか自己啓発とか、一時流行してたけど、
最終的にたどりつくのは、他人からどう思われるかではなく、
自分で自分の人生に満足しているか、毎日の生活が自分にとって幸せか
どうかってことでしょう?
その答えを見つけるのに、ひきこもりという手段はアリだと思うよ。

「普通の人のように働けない」、「異性と恋愛できない」、「家族をもて
ない」といった者たちが、その「だめ」な有り様を否定的に捉えるのでは
なく、敢えてそのようなだめ人間であることを積極的に表に出し、
「だめぶり」を語り、そこを立脚地にして生き直そうとして誕生した
オルタナティブな「生き方模索集団」(byウィキ)みたいなのもあるみたい
だけどさ、自分にとっての答えは、自分の中にしか見つけられないし、
自分と向き合うことでしか前に進めないこともあると思う。

結局、いろんな宗教とか団体とかSNSとかツィッターとか、今みんな、
コミュニケーション性善説に捕らわれすぎてるんじゃないかな。
どうでもいいじゃん他人のことなんて。ぶっちゃけ人間、皆エゴイスト
だし。自分は自分、人は人。

健全な社会において、人間関係を築くことはプラスに働くだろうけど、
正常に機能していない社会におけるコミュニケーションは、メリットより
デメリットの方が大きいと思う。どっかのカリスマに盲目的に依存したり、
負け犬同士でキズの舐め合いしたところで、たいした慰めにはならないよ。
後になってから、集団マスターベーションの虚しさに気づくんじゃないのかな。
だから、だめ連の活動も長期に渡って停滞し、衰退してるんだと思う。

まあ、私もこのブログで色々吼えてる訳だけど、基本的に自分で自分を
正当化するための記録的ブログなので、何を言っても許してやって。
推定読者1名か2名の超マイナーブログなんだからさ。

超長文になってしまったけど(って言うか誰か本当に読んでるのか?)
「蛭頭に始まり、ユンケルに続く・・・」の記事にコメントを下さった
先物太郎さんに昨日の「ひきこもり」という生き方と今日のこの記事を
捧げます。(宮崎、実際にヤバいし、畜産農家の人に感情移入して心を
痛め、混乱しているブロガーを野次るなよ。マジで。)

納得いかないコメに真摯に対応できる、時間と余裕のある
ひきももり生活、万歳。


(参考・引用)
職場のメンタルヘルス最前線
増加する“新型うつ病社員”への対処法
涌井美和子
http://jinjibu.jp/GuestBizgArticle.php?act=dtl&id=23

「だから私は・・・」

糸井重里氏のサイト、「ほぼ日刊イトイ新聞」のダーリンコラムに
「で、きみは?」という歌詞が載っていた。
(元ネタリンク)
http://www.1101.com/darling_column/index.html

自分の殻にひきこもって何もアクションを起こさないくせに
傷つくことには敏感でネットの掲示板等では吼えまくる
オタクやひきこもりを批判してるっぽくて。

ひょっとしたら私の深読みしすぎで、実際は単なる自省
なのかもしれないけれど。

なんとなく、反論したいモヤモヤが頭から離れなかったので、
アンサーソングっぽいのを作ってみた。

全部ひらがなってとこが馬鹿にされてる気がするので、
敢えて表現を変えて漢字にしてみたり。

大体、糸井さんって、基本的に頭のいい人だと思うし、
特に時代を読む力と人を動かす力が抜群に優れている人
だと認識している。(知り合いではないのでもちろん憶測)

けど、黒い噂が絶えない某パチ屋の社外取締役でもあるらしいし、
蛭頭事件で連日名前の挙がっていた某下着メーカーの
社長との対談で彼女のことベタ誉めしてたし、
何となく胡散臭いなあと思いつつ。
でも、今回は、まあとりあえず乗せられてみた。

昔、吉野源三郎の「君たちはどう生きるか」って本を読みながら
「何言ってんだこのオッサン。上から目線で他人事かよ。」
って思ったひねくれ者の自分は、
今、生き辛さの真っ只中にいる当事者なので、
むしろ「我々はどう生きるか?」っていう方が現実味がある。

バブルや終身雇用や接待就活など、高度経済成長時代の恩恵を
全く受けてない我々の世代と、少なからず甘い汁を吸ってきた世代が
どんどん分かり合えなくなってる気がする。

古きよき時代の蓄えも思い出も持たない我々にとっては、
日々息苦しくなっていく今の社会だけが現実で、
逃げる場所も頼る人もないまま、
今後の社会の動きが、速攻で我々の生死を左右するのだから。

ひきこもりながら、今日も私は吼える。
ひきこもりを侮るな。
ひきこもり、 万歳。

___________________________________________________

「だから私は・・・」

間違った世の中。
愚かな人間たち。

だけど私は貢献したい、公正な社会の実現に。
だから私は発信し続ける、自分の頭で考える人たちが増えるような情報を。

誰も信じられない世の中。
平気で嘘をつく人間たち。

だけど私は生きたい、少しでも、息苦しくない人生を。
だから私は行きたい、できるだけ資本主義と消費社会から距離を置いた所に。

汚れきった世の中。
悪魔に魂を売り渡した人間たち。

だけど私は悪足掻きする、流されないように最期まで。
だから私は見守っている、ある日目覚めて真実を知ろうとする人たちを。

卑怯者が得をする世の中。
良心を失くした不愉快な人間たち。

だけど私は話し続ける、偽りのない誠実な言葉で。
だから私は生き続ける、誰にも邪魔されない所で自然と共に。

ひきこもり的エコ生活

「生ごみ用ゴミ袋はもう要らない」って、段ボールコンポストの話したけど、
実は燃えるゴミも何とかなんないかねえって思ってて、チマチマ試してることがある。

ウチは新聞も取ってないし、雑誌も買わないし(ネットでチェックすれば十分でしょ)
生ゴミを除けば、燃えるゴミなんて、メモ帳とかの紙くずと、ティッシュや
キッチンペーパーくらいのもんだ。

この裏技(?)は、ネットで何となく「サザエさん」を見ていて思いついた。
サザエさん家、庭で焚き火をしてたのよー。
火遊び好きなコドモだった私は思った。私も何か燃やしたいかも(←チョット危険)

そして思いついたのが、あんまり出ない燃えるゴミとウチにあった七輪。
そうです。わざわざ他人の手を煩わせるまでもないじゃん。
自分で燃やしちまおう。と、週に一回くらい、夜中にベランダで燃えるゴミ、
燃やすようになった訳です。

あ、ちゃんと花火の時みたいに、水の入ったバケツが横にあるから安心してね。
ちなみに、このバケツは雨水を貯めたりもする植木の水遣り用だけど、全然OK。
そして、燃えカスは段ボールコンポストの中に一緒に混ぜ混ぜ。

ということで、現在ウチのゴミ事情は、3週間に一度(どんどん出不精なので、
買い物もとうとう3週間に1回・・・)買い物に行くときに持っていく、牛乳パックとか
ビンとか缶とかのリサイクルゴミの他は、堆肥にもならず、燃えもしない、
プラスチックとかビニールとかのゴミだけになりました。

燃えないゴミのいい所は、ギューって押し込めば、嵩張らないってことかな。
おかげで、悩みの種だったゴミ出しは、月1でも十分な今日この頃。
買い物する時も、なるべくゴミが出ないような商品を無意識に選ぶように
なったしねえ。

ということで、ひきこもりは提案する。
「一家に一台小型焼却炉とコンポストを設置する」。

もちろん、焼却炉は七輪でもバーベキューでも暖炉でも何でもいいんだけどさ。
コンポストとついでにニワトリ一羽あればいいねえ。ヤツは何でも食うからねえ。
これで、生ゴミと燃えるゴミ対策は万全さね。

ゴミの減量に貢献する、ひきこもり的エコ生活、万歳。

ひょっとして、私、一人じゃない?


なんか最近、このブログを見てくださってる人がいるようです。
推定読者0人のはずだったのに・・・。
金玉軍団の仲間入りをしようとテキトーに作ったブログだったはずなのに・・・。

読んで、拍手してくれて、コメントを残してくれる人まで出てきてしまいました。

毎回、コメントがあると、「めっちゃボロクソに貶されてたらどないしよー、こわいよー。」
と思うのですが、怖いもの見たさにコメントを見てみると・・・

あれ?なんか好意的なコメントがたくさんあるじゃないかい?
まさか、ひきこもりの戯言に同意してくれる奇特な人がいるのかい?
と、びっくらこいてる今日この頃です。

もう1年以上まともなコミュニケーションをとってなかったので、
ひさしぶりに人様からメッセージを受け取って、嬉しいやら、恥ずかしいやら、戸惑っとります。

リアルで、「頭洗うのにシャンプー使ってませんねん。メイクも基礎化粧品も全部捨てましてん。
髪の毛も自分で切りますねん。」とか言った日にゃあ、確実に変人の烙印を押されることでしょう。

さらに、陰謀説なんか唱えようものなら、変人を通り越して、「あの人アタマおかしいんとちゃう?」と
病院に連行されることでしょう。

その点ネットは素晴らしいですね。どんなにマイナーなことでも、どこかに同じ趣味の人が見つかるし、
どんなに奇妙な発言をしても、どこかに誰か理解してくれる人がいる。

自分と異なる意見や価値観を持つ人を、闇雲に批判したり攻撃したりするのではなく、
ただ「へー、こんな人もいるんだ」と、ありのまま、ひきこもりの戯言に耳を傾けてくれる
寛大な訪問者さんたちに感謝。

何千万ものブログの海の中に漂っている、このブログに共感してくれる人がいる奇跡。
私一人がどんなに悪足掻きしても、何も変わらないと思っていたけど、ささやかな反抗が
たくさん、たくさん集まれば、ひょっとしたら大きな変化をもたらすかもしれない、と
インターネットというコミュニケーション手段の可能性をちょっと期待してみたりして・・・。

リアルでの人間関係は上手く築けなくても、ネットでは同じ志を持つ人たちと
つながることのできる、ひきこもり、万歳。




ある「ひきこもり」の呟き。


たくさんの拍手、暖かいコメントを頂戴し、引き続き困惑気味のひきこもりです。

人から親切にされると、何かオカシイゾ、何かウラがあるんじゃないか、と疑心暗鬼に
陥る、私、ひきこもりです。

おだてられて、調子に乗って、いい気になってる所をズドンとやられるんじゃないか、とか、
実はみんな周りで失笑しながら見てるんじゃないか、とついついスキゾフレニー化してしまう、
ちょっとヤバめのひきこもりです。

なので、個人的にコメントを下さった方に、お礼の返事、書くことができません。とっても
嬉しいし、ありがたいなと思いつつ読ませていただいているので、心苦しいのですが、
まだ、自分から人と直接コンタクトを取る勇気を見つけられないんです。

推定読者ゼロだと思っていた時は、好き勝手書き散らしてたくせに、ごめんなさい。

ただ、ちょっと小心者で、怖がりなだけなんですが。
今まで散々周りの人を傷つけて、自分もいっぱい傷ついて、臆病になってるだけなんですが。

でも、金玉軍団の皆様と出会って、少しずつ変われるような気がしています。

他人の生き方を自分の物差しで測らない。
自分の価値観を人に押し付けない。
自分の基準で他人を批判しない。

そんな、素晴らしい魂の持ち主である、金玉軍団の皆様を尊敬しています。

いろんな方のサイトにお邪魔しては記事を拝読させていただいていますが、
コメントを残すなんておこがましくてできません。
変に誤解されたらどうしようとか、ひきこもりからのメッセージなんて、
相手を嫌な気持ちにさせてしまうんじゃないかとか、余計なことを考えて、
いつも、こっそり覗いて、こっそり帰って来てしまいます。

でも、最近、拍手することを覚えました。遅すぎるだろうというツッコミは
当然でしょうが、私的には、一歩前進です。

顔の見えない、口調のわからないネット上のコミュニケーションは、本当に
苦手です。ミクシーとかのSNS系、一歩も足を踏み入れたことありません。

まだ、ひきこもりじゃなかった頃、知り合いから誘われたこともありましたが、
家のパソコン壊れてるから、とか、実はパソコン苦手で、ちょっと文章書くのに
1時間くらいかかっちゃうんだ、とか、未だにダイヤルアップ接続で超大変なの、
とか、意味不明の言い訳を並べて避けまくっていたのを思い出します。

金玉軍団の皆様の記事を読みながら、心が安らかになるような、どこからか
力が湧いてくるような、そんな不思議なエネルギーを感じています。

金も地位も名誉もない、ないない尽くしの、リアル社会では後ろ指さされまくりの
単なるひきこもりに、貴重な気づきの機会を与えてくださった皆様に、感謝。
素晴らしい軍団の皆様との出会いの場を作ってくださった玉様に感謝。
様々な、困難や痛みや苦痛を乗り越えて、気づきの機会を得ることが出来る
この世の中と、無限の可能性を秘めた人間という存在に感謝。
感謝。感謝。感謝。いくら言っても足りないくらい。

日本って本当に住みにくい国だなあ、ますます閉鎖的になってるなあ、
「ビョーキ」もここまで悪化すると手の施しようがないんじゃないかなあ、
と不安でいっぱいでしたが、所々で芽生えている、「人間らしい生き方がしたい」
っていう声を大事に育てることで、今後、日本が進む道を良い方向に変えることが
できると信じています。

皆さんと共に希望の種を蒔き、丁寧に育てて生きたいと思います。
すべての出会いと気づきに、感謝。

ちょっとナイーブに、過剰にセンシティブになっても、誰に迷惑をかけることなく、
自分の気づきをトコトン追求できる、ひきこもり、万歳。

次からは、以前のようなテンションで、「もう要らない、もう買わない」シリーズ
を再開させたいと思います。

今後とも何卒よろしくお願い申し上げます。

ひきこもり的、引き寄せの法則。


ワタシはね、別にスピリチュアルな人ではないんです。
全く、信じないって訳でもないんですが。
でも、最近ね、不思議なことが起こるんですよ。

毎日、ネットでメールとかニュースとか一通りチェックした後は、
「金玉ブログとその仲間たち」のサイトで気になった所に
ちょっと散歩したりするんですね。

そうするとね、ワタシがちょっと前に書いたこととか、次に
書こうと思っていたネタとか、これは要注意だな、と感じてた
話題とかに遭遇するんですよ。

一度や二度じゃないんです。びっくりする位の頻度でそれが
起こるんですね。

なんか、本当に思想やらエネルギーやらが循環してるのかも、
そういう気がしてきますね。

それなら、やっぱり気持ちいいことを引き寄せたいですね。

楽になれること、幸せになれることを、積極的に受信して、
自分からも発信して、快のボールをみんなでパスし合ってる
感じですか。

今、必要としている大事なことを、引き寄せの法則で循環させながら、
内的な充実と安定を維持しつつ、現実の世界で具体的な行動を
起こすことができるなら、ひょっとしたら、ひょっとするかもしれませんね。

できるだけたくさんの人が、「人間らしい生き方」を取り戻すことを
心から願っています。

できるだけたくさんの人が、今世界を覆っている息苦しさから解放される
よう心から祈っています。

ワタシ、ちっぽけな、ひきこもりですが、今、感じている幸せや、感謝の
気持ちを大切にしながら、少しでもベターな未来を呼び寄せたいと思います。

否定的なモノを避け、肯定的なモノだけを引き寄せられる、ひきこもり生活、万歳。

お金と食べ物では、遊んじゃいけんと思うんよ。


このブログを始めるきっかけになった、玉さんが、株や投資の専門家たということは知ってましたが、
ここ最近は、随分丸く、好々爺にならはったようで、安心してたんです。

が、課金記事として、また書いておられるようで、ちょっと引いてしまいました。

いえ、いいんですけどね。やりたい人が勝手にやれば。

ワタシ、貯金切り崩しの、ひきこもりですから、パソコン通信さえできれば、
お金が稼げるなんて、夢のような話だと思います。

自分もできたらいいな、と思ったこともあります。
でも、昔から、苦手なんです。株とか投資とかマネーゲームとか。

きっと、ワタシの中にある動物的DNAが、拒否反応を起こすんですね。
ワタシ、原始的なひきこもりですから。

ワタシの細胞の中に、「食べ物を粗末に扱ってはいけない」っていうのと、
「お金で遊んではいけない」っていう危険信号が埋め込まれているんですよ、きっと。

食べ物を粗末にするっていうことは、もちろん命を粗末にすることですから当然なんんでしょうが、
なーんで、お金を稼ぐことに、こんなに躊躇するんだろーって、昔は不思議に思ってました。

ひきこもり、になって、やっと分かった気がするんです。
お金って、つながってるんですよ。

自分が得したら、その分、どこかで誰かが損してるかもしれない。
特に、不当な方法で稼いだお金とか、労働に見合っていない報酬とか、
誰かを不幸にして得たお金で、本当に幸せにはなれないと思うんです。

ワタシが、ナイーブ過ぎるんですかね?そうでしょうね。
良心が捨てきれないんです。キレー言で申し訳ないですね。

でも、すっごくお金持ちなのに、幸せそうに見えない人、いるでしょう?
とても質素な生活のはずなのに、いつも笑顔で満ち足りた顔してる人、いるでしょう?

無意味に莫大なお金を所持している人がいる一方で、必死で働いても最低限の
生活を維持するだけの収入すら得られない人がいる。

美食やグルメや外食産業の発達で、膨大な量の食料が廃棄される一方で、
餓死する人がいる。

なんか、間違ってるよなー、と思うワタシは病んでるんでしょうか?

株や投資やマネーゲーム、したい人はすればいい。稼ぎたい人は稼げばいい。
でも、その前に、すべての人に最低限の人間らしい生活を保障する方法を
考えてみませんか。

金持ちだから勝ち組とか、貧乏だから負け組っていうんじゃなくて、
「お金はないけど、人間らしい生き方ができて幸せ」っていう選択肢が
あってもいいと思うんですよね。

その結果、ワタシ、ひきこもりになったんですけどね。

いずれ、食べるものがなくなって、ライフラインも閉ざされたら、
自分で姥捨て山に登るかもしれませんけど。

でも、後悔はしないと思うんです。

利益を出すことだけに全神経を集中させ、お金に執着し、お金=自分の価値だと
信じて、お金がないと不安になるような、強迫神経症的経営者の下で働いていた
頃よりは、今、心穏やかな毎日を送れていますから。

お金さえあれば、幸せになれると思っている人、いますね?
騙されていませんか?それ、幻想かもしれませんよ。

ワタシ、ひきこもりですけどね。きっと、このまま、ひきこもり生活を
続けられる限り、続けるんだと思うんですけどね。

負け犬と呼ばれようが、逃げてるだけだと後ろ指をさされようが、
社会のお荷物と邪険にされようが、仕方ないです。
だって、幸せなんですから。


幸せな、ひきこもりライフ、万歳。








一番じゃなきゃ駄目ですか?自分の人生を自分のために生きちゃ駄目ですか?

いましたね?「二番じゃ駄目なんでしょうか?一番じゃなきゃ駄目なんですか?」って言った人。

なら、ひきこもりのワタシも言わせていただきましょう。

「一番とか二番とか言う前に、最初から勝負に参加したくないんですけど・・・それじゃ駄目ですか?」

別に働きたくない訳じゃないんです。

でもね、常に上を目指せ、もっともっと成長しろ、とか言われて、
自分の給料に還元されるわけでもないのに、毎回ノルマが厳しくなって、
会社の業績は絶対赤字じゃ駄目で、利益が前年比を上回らなきゃ人件費を削除されたりして。

そんな状況の中ではもう、生きていけないんです。無理なんです。身体も心も。

戦後ゼロから這い上がって、ひたすら経済成長を続けてた頃は、それでよかったのかもしれませんけどね、
今や、経済頭打ち。ゼロ成長ですよ。ゼロ成長。これ以上大きくなりようがないでしょう。

この状況で業績を伸ばそうとしたら、方法は一つですよ。誰かを犠牲にすることですね。限りなく犯罪に
近いグレーな方法でお金を稼ぐとか。若者や高齢者、外国人の労働力を安価で搾取するとか。
じゃなきゃ、もう成長なんて出来ません。

「えーっと。成長しないと駄目なんでしょうか?現状維持じゃ駄目なんですか?」

今あるものを大事にしながら、必要最低限のモノで満足できるようなシンプルな生活を送りたいだけ
なんですけど、それじゃ駄目ですか?

とりあえず、誰も傷つけずに、自分も傷つかずに、人間らしい生活がしたいだけなんですけど、
それじゃ駄目ですか?

ひたすら上を目指して、必死になって、がむしゃらに働きたくない人は、生きてちゃ駄目ですか?

それなりに働いたら、それなりに生活できるよーになればいいなあ、っていうのは夢物語ですか?

ワタシね、一応、働いたことあります。自由な時間を失い、精神的余裕を失い、果ては健康な身体すら
も失いましてね、こりゃ無理だなと悟ったんです。それだけ犠牲を払っても、生活はカツカツでしたしね。

ある日、働いても働いても、幸せになれないなら、働くの、やめちゃえ、って思ったんです。

でね、ひきこもりになったんですけど、今、毎日本当に幸せなんです。

いろんな呪縛から解放されて、生まれて初めて、自分のために自分の人生を生きてる、
って実感したんです。

ひきこもりになるまでは、親のためだったり、教師や学校のためだったり、会社のためだったり、
社会のためだったり、常に自分じゃない誰かのために生きてたんだ、って気づいちゃったんですね。

一度きりの自分の人生を自分のために生きたい。
そう願うことって、駄目ですか?贅沢ですか?我がままですか?

申し訳ありませんねえ。ワタシ、誰に何と言われようが、もう決めました。
今の、この幸せなひきこもり生活を継続するために、全力を尽くすことを。

ひきこもり、万歳!


テーマ : 幸せに生きる
ジャンル : 心と身体

もうちょっと自分の頭で考えましょうよ。

金玉爺と枯れ井戸さんのバトルですか?
いいじゃないですか、それぞれ勝手に言わせとけば。
なんで、外野がそんなに騒ぐんですか?

実は、出来レースかもしれませんよ?
実は、二人とも、陰謀を企ててる側の手先かもしれませんよ?

アナタはなぜそれを信じてるんですか?
どっかのブログで読んだから?
テレビで偉い人が言ってたから?

「自分で興味持ったことを、自分で調べて考えた結果、自分はこう思います。」

なぜ、そう言えないんですか?

まあ、今の教育は、知識を詰め込むばっかりで、自分の頭で考えることを放棄させようとしてますからね、
しかたないのかもしれませんが。

「だって自分は、いい大学でて、いい会社入って、いっぱいお金稼いでる誰かさんみたいにえらくないし。」
「だって自分は、語学が出来るわけでも、重要な情報を握ってる人とコネがあるわけでもないし。」

だから、何ですか?謙虚でいることって、必ずしも美徳じゃないと思うんですけど。
なんで、自分を卑下する人がこんなに多いんでしょうね?

いわゆるエリートと言われる人って、結構知識が偏ってたりしませんか?
偏差値ばっかり高くても、人間的には全然魅力的じゃない人もいますよね。
いろんな情報を抱えれば抱えるほど、真実から遠ざかってるかもしれませんよ。

もっと、自分の直感を信じましょうよ。
もっと、自分の心の機微に触れるものを大事にしましょうよ。

もっと、ひねくれ者になりましょう。
もっと、天邪鬼になりましょう。

もっと、自分に自信を持って、自分の頭で考えましょうよ。

え?ひきこもりのお前に言われたくないって?
そりゃ、そうでしょうよ。
ひきこもりですら理解できることが理解できないって、情けないですよね。

でもね、ひきこもってるからこそ、余計な雑音や雑念から解放されて、見えてくることも
あるんです。

ひきこもり、万歳。

テーマ : 考える
ジャンル : その他

ひきこもりが考える、引き寄せの法則をめぐる議論について。

引き寄せの法則って危ないらしいですね。
どうやら、その危険な引き寄せの法則を安易に利用しようとした
玉さんを枯れ井戸さんは批判したみたいですね。

確かにね、使い方を誤ると危険なものってたくさんあると思います。

メディアが消費を煽るために流す広告も洗脳なら、
「あなたは価値のある人なんだよ」とクライアントを励ますカウンセリングも一種の洗脳。

歴史の教科書を改ざんして行うのも思想操作なら、
「あなたはとても恵まれている幸せな人なんですよ」と気づきを促すのも思想操作。

ヨガの瞑想とか、断食とか、精神に影響を及ぼす危険なものって実は身近にいろいろあるんですよ。
音楽やダンスなど一見、害がなさそうなものも含めてね。

脳や神経の機能が少しずつ解明されていますが、まだまだ神秘としか説明できないような作用もあり、
我々の潜在能力は相変わらず未知数という現状で、発展途上の力を使うのは、確かに危険なことかもしれません。
でも、すべてが解明されるまで、何もせずに待つことだけが、本当に正しい選択なのでしょうか?

引き寄せの法則に似た様なモノも、いろいろありますね。
欲しいものをリストアップする「夢ノート」とか、
なりたい自分をイメージする「口ぐせ理論」とか、
それらが全部だめってことになると、それこそ夢も希望もあったもんじゃないですよ。

綺麗になりたい、とか。成功したい、とか。幸せになりたい、とか。
そういう気持ちって大事でしょ?
自分にとって、良いものだと思えるもの、必要だと思うものを引き寄せようとするのは悪いことですか?

お金と一緒でね、引き寄せの法則、そのものが悪いわけじゃない、と思うんです。
問題なのはそれを悪用する人であって、それそのものが危険なわけじゃない。

だからね、ワタシは別に構わないと思います。
引き寄せ理論、使いたい人は使えばいい。

もちろん誰かを攻撃したりとか、他人に迷惑をかける使い方はしちゃダメですよ。
でも、個人が個人の責任で、自分が良いと思うことに使うことまで禁止する必要はないんじゃないですか。

ただ、枯れ井戸さんが危惧するように、カリスマ性をもった人物が、一見正しそうに見える目的のために
多くの心優しい「いい人」たちを煽って、引き寄せの法則を使うのは微妙かなとも思います。

やり過ぎると危ないのも事実でしょうから。
そのことは留意しておいたほうがいいでしょう。

大きな成功を引き寄せすぎて、奴らに狙われたのか、代償を払わされたのかはわかりませんが、
何かウラがありそうな死に方してる人、何人も思い浮かびますからね。

もうちょっと自分の頭で考えて、判断しましょう。

意地悪な人が増えるのは嫌だけど、素直ないい人が増えるのもマズいかもしれない。
ファシズムが台頭しちゃいますよ。

平和運動とか、差別撤廃とか、人権擁護とか、人道支援とか、そういう団体にも、
陰謀の手が伸びてますからね。

誰かがいいって言うから、それをやるんじゃなくて。
誰かが危ないって言うから、それをやめるんじゃなくて。

誰かの言うことを真に受けて右往左往しても仕方ないでしょう?
間違ってても、正しくても、その人があなたの人生の責任を取ってくれる訳じゃないんですよ。

自分のアタマで考えましょう。

馬鹿とハサミは使いよう。
ひきこもりと引き寄せ理論も使いよう。

それじゃ、いけませんかね?

ひきこもり、万歳。

ひきこもりの食卓。

ワタシね、あんまり和食、作らないです。
和食って健康にいいらしいですけど、メンドクサイんですよね。
何品も用意しないといけないし。器も沢山必要だし。

っていうか、みんな料理に手間ヒマ掛けすぎじゃないですか?
あれこれメニューも工夫しすぎじゃないですか?

レシピサイトとか、ワタシも利用しますけどね、頑張りすぎじゃないのって人、結構いますよ。
もっとシンプルでいいんじゃないのかなあ、っていつも思います。

毎日違うもの作らなくたっていいでしょう?
毎週同じメニューで、何か問題ありますか?

食べるものが決まっていた方が、買い物もラクだし、食材も無駄にならないし、
何を作ろうか悩まなくて済むし、いいこと尽くめですよ。
家族のいる人は、家族の理解と協力が必要でしょうけどね。

ちなみに、前回紹介した、圧力鍋ひとつで具沢山パスタ。

同じ手順で、トマトを抜いて、チーズを足せば、チーズパスタになるんですよね。
その場合はの具材はシーフードとほうれん草の組み合わせがおすすめかな。
あー、なんて横着な、ひきこもりレシピなんでしょう。

限られた食費で、手間を省いていった、ひきこもりの食卓。
トマトパスタかチーズパスタか、順番に、ほぼ毎週作ってます。
さらに、さらに、パスタの代わりにお米を入れればリゾットですよ。
あー、なんて適当な、ひきこもりレシピなんでしょう。

だって、美味しいし、簡単だし、野菜と炭水化物がいっぺんに摂取できちゃうのって便利なんですもの。

ヘルシーでエコで、簡単で美味しい。
ひきこもりの食卓、万歳。


キ○ガイさんじゃダメですか?

枯れ井戸さんと玉さんのバトルはどうやら終結したようですね。  
まあ、もともと大騒ぎするようなことではなかったですし。
いきなり課金記事を書き出したことに反対してブロ友をやめるというのは一理あると思うし。

ブログって今や、ものすごく影響力の大きなものですからね。
ウチみたいに閑古鳥が鳴いてる推定読者2.3人のブログならともかく、
訪問者が多くなると、書く記事の内容やら、貼るリンク先の内容やら、注意しないといけないことも
多くなるようで大変ですね。

枯れ井戸さんはきっと、生真面目で責任感の強いタイプなのかもしれませんね。
余計なお世話でしょうが、あまり深刻に考えすぎて、自分を追いつめすぎないよう気をつけてくださいね。
従来のうつ病になりやすいタイプとも言えるでしょうね。

もう一つだけ、外野でブツブツ呟くとすれば、キ○ガイという言葉の使用についてでしょうかね。
ワタシは別に構わないと思うんです。
なぜなら、自分でキ○ガイです、と名乗ることが、あらゆる常識的ではない言動の免罪符になるからです。

昔、働いてた職場に、ものすごく自分勝手な人がいました。

協調性ゼロ、というか、その人のミスでみんなが残業しなくちゃいけなくなっても、自分だけ定時で帰宅する
ような人でした。他の人は、楽な仕事、目が疲れる仕事、腰が疲れる仕事、歩き回らなきゃいけない仕事、
などを順番にローテーションしてるのに、その人は、ローテーションに加わらず、楽な仕事しか、
していませんでした。

ワタシ、当時、まだ若い新人さんでしたので、周りの人が黙ってるなら、自分も黙ってようと、
大人しくしてましたね。で、ある日、こっそり古株のオネーサンに聞いたんですよ。役員の娘とか
重要な取引相手の親戚とか、そういうコネでもあるのか、と思ったんですね。ところが、そのオネーサン、
何て答えたと思います?

「ああ、あの人、変わってるから。」

確かにね、ロッカールームでも雑談とかしないし、っていうか挨拶もしないし、従業員食堂でもいつも一人だし、
仕事に関係のあることですら、まともに口をきかない人でしたけどね。

「あの人、変わってるから。」

それで、すべて許されるんですか!?まだ初々しい頃のワタシには驚きでした。

「変わり者」と認識されることによって、彼女は人間関係的に排除されてましたけど、楽な仕事ばかりして、
定時に帰宅してっていう、自由を手に入れていた訳です。

日本のように、集団意識が高く、協調性が異様に評価される文化の中で、みんなと違う意見を言ったり、
みんなと違う行動をしたりすることって、なかなか難しいと思うんです。

それが、「あの人、変わってるから。」の一言で、自由に、あるがまま生きられるなら、それも悪くない
と思うんですけど、ダメですか?

キ○ガイさんというグループに加わることで、ワタシはある意味ラクになりましたけどね。

坊主で湯シャンでスッピンで、身体もお湯で拭くだけ、ムダ毛処理もしないし、寄せて上げてのブラもしない、
着る服は流行なんかクソ食らえで、いつも一緒。
そんな人が周りにいたら、「変わった人だな」と思うのが、人情ってモンでしょう?

やれ、エコだ、オーガニックだ、人工地震だ、細菌テロだ、西洋医学は嘘っぱちだ、一般市民は洗脳されている、
地球が乗っ取られるぞ、人類滅亡だ、とか、騒いでる人が周りにいたら、「あの人、大丈夫かな。」
って思うでしょ?

新しく引っ越してきた近所の人が心配して、ケーサツやビョーインに通報されちゃうかも、って時に、
前から住んでる人が、「心配しなくても大丈夫よ。あの人、キ○ガイなひきこもりだけど、害はないから。」
って言ってくれれば、ワタシは強制送還を免れるわけですよ。

他人をむやみにキ○ガイさん扱いしちゃ、勿論ダメですけどね。
自分でキ○ガイさんと名乗るのは、別に構わないと思うんです。

学生時代、心理学の授業で習いましたね。
「正常と異常の境目は時代や文化によって左右され、非常に曖昧である。」
今、異常だと思われてることが、何年か後には正常だと言われるようになるかもってことですよ。

標語でも作りましょうか?
「今日のキ○ガイ、明日のフツー」

キ○ガイなひきこもり、万歳!

ひきこもり的、少食健康論。

誰だ?いつまでも一日三食、食えって言ってるのは?
一日30品目摂取しろ、とか言ってたこともあったよね?

それに見合う、身体的活動を行ってる人がどれだけいるんだ?

ほとんど運動しない、ほぼ一日PCの前に座ってるだけ、とかの
働き人が、一日三食、食って、30品目摂取したら、
エネルギー過剰じゃないのか?

とりあえず、いっぱい食わせて、食品を消費させて、経済を潤そうってか?

さらに、
食いすぎで、太ったら、ダイエット関連商品が売れる。
食いすぎで、病気になったら、医療、薬関連が儲かる。

しかも、
食いすぎで、脳に血が巡らなくて、馬鹿が多くなったら、洗脳しやすくなる。

自分が食べるモノの、量と質、自分のライフスタイルに合ってますか?
なんか、調子が悪いって言ってる人。単なる「食いすぎ」じゃないですか?

一日30品目なんて、冗談じゃない。そんなに食えるか!
アレも、コレも、ソレも、買わそうとしやがって!

「みんな、食いすぎなんだよ、馬鹿野郎!」

8月1日ということで、ちょっと気合を入れようと思ったら、
いつの間にか叫んでました。

なんか、このところ、結構頻繁にブログ更新しちゃってるし、
リンク先も増えてきて、よそ様のブログにもコメント書いちゃったりして、
ちょっと行動的(?)なひきこもりへと進化してるような、今日この頃。

これからも、競争社会、資本主義からできるだけ距離を置き、
大量生産・大量消費・大量廃棄のサイクルから抜け出しつつ、
マスゴミからの脱洗脳を目指しながら、
健康的で、人間らしい生活を追及していきたいと思います。

ひきこもり、万歳!

バッシングブーム・・・ですか?

最近のマスゴミって、やけに、民意を誘導したがってるように見えるんですけど?
あからさまに、注目を引くニュースと、できるだけ隠したいらしいニュースと
抱き合わせで発表したり・・・。

それにしても、マスゴミの情報を鵜呑みにして、感情的に馬鹿騒ぎしてる人が
これまた多いですね。

全部が全部、ヤラセの工作員さんなら、まだ救われますが、本気で流されているヒト、
見事に洗脳されてしまってそうなヒトも結構いそうで、怖いです。

そう、怖いんです。フツーのヒトたちが見せる、ある種の暴力性が、とても怖いです。
掲示板とかのコメント見てると、ひきこもりたくもなりますよ。
あ、ワタシは、すでに、ひきこもりなんですけど。

確かにね、心が痛くなるようなニュースありますよ。
小さい子どもを餓死させたり、生まれたばかりの乳児を捨てたり、とかね。

でもね、バッシングするほど、そのヒトのこと知ってるんですか?
そのヒトや、カゾクや、周囲の環境や、そういったもの、知っててバッシングしてるんですか?
何も知らないで、マスコミの言うことを真に受けて、知らない部分は勝手に想像して、
何でそんなに一方的に悪者扱いするんですか?

なぜ、断片的で一方的なマスゴミの情報だけで、鬼の首でも捕ったかのように責めまくれるんでしょう?

分かりやすい敵を作って「命を大切に」みたいな、公明正大な大義名分の元に攻撃するのって、
ラクだろうな、と思います。でも、それでいいんでしょうか?

そんなに、みんな、他人を責めたくて仕方ないんですか?
誰かをバッシングしたくてたまらない人たちばっかりなんですか?
どこかに槍玉が転がってないか、常にうずうずしてるとか?
だから、いざ見つけたら、ここぞとばかりに叩くんですか?

何かを批判することが、いけないって言ってるわけじゃありません。
自分にも非があるくせに、とかそう言ってるわけでもありません。

自分が完璧じゃなくたって、間違ってるものは間違ってるって言わなきゃいけないこともあるし。
自分の頭で考えずに、批判すらできなくなってる、お馬鹿で従順な羊さんにはなりたくないですし。

でもね、ちょっと振り返ることも大事だと思うんですよ。

あなたが、批判してる、その相手、その内容。
本当に公正な判断に基づいてますか?
八つ当たりとか、気晴らしとか、弱いものいじめとかじゃないですか?
善と悪に単純化して、自分の価値観を相手に押し付けてませんか?

バッシングするのは、よりよい世界を実現したいと思うからですか?
それとも、自分は正しいと思い込みたいからですか?

忙しくて、疲れてるだろうし、ストレスだらけで病んでるだろうけど、
もう一度、自分の言動を振り返ってみませんか?

そんな、ことできるのは、暇人のひきこもりくらいだって?
だから、いつも言ってるじゃないですか。
「ひきこもり、万歳」って。

ひきこもりの食卓。肉はダシだ。

ワタシね、ベジタリアンじゃないです。多分、無理です。
時々無性に肉、食べたくなりますから。
頻度は年々減ってますけど。

まあ、もともと、お袋の味はマ○ドって言うお家柄だし。
仕方ないです。

でもね、最近、気づいたんですよ。

「肉はダシだ」って。
昆布とか、鰹節とか、煮干とか、椎茸とか、ダシの出るものありますね。
ベーコンとか、ハムとか、ミンチとか。同じことなんですよ。
ちょっと加えると、味に深みが出るんですね。

出し昆布や、鰹節がメインにならないように、
肉ばっかりメインで食べてちゃダメなんですよ。

少量の肉と塩、それからたっぷりの野菜で味付けすることで
お米や小麦粉などの、淡白なものが美味しく食べるられるんですね。

肉は作る手間も、お金も、エネルギーもカロリーも、ものすごく濃いですからね。
そればっかりじゃダメなんです。

肉1キロの値段と、お米1キロの値段がどれだけ違うか知ってるでしょう?

ひきこもりになって、貯金切り崩し生活で、節約しなくちゃいけなくて、
食事も工夫し始めたんですけどね、炭水化物や季節の野菜や果物など
比較的値段の安いものを中心にした食卓に、
ちょっとダシとして肉や魚を加えるって風にすると、
家計にも優しいですけど、身体にも優しいんですよ。

ひきこもりになって、いろんな精神的ストレスから解放されたし、
パンプスやストッキングやブラジャーなどの身体的圧迫からも逃れられたし、
野菜たっぷりのバランスのいい食事を楽しめるようになって、
よく眠れるようにもなったし、胃腸の調子も良いし、
めったに風邪も引かないし、病院に行くような症状もないし、
持病の肩こりや花粉症も軽くなったし、
ワタシ、「健康」になったんだなあって、思います。

エコでヘルシーなひきこもり生活、万歳。

ひきこもり的、婚活と結婚

「夫に布ナプ使用を反対される」
「シャンプーや石鹸を使用しないことについて、夫に不潔だと非難される」

そんなコメントを見かけることがあります。

どういう理由で布ナプを使うと決めたのか、石鹸の使用を止め、湯シャンにしているのか、
ちゃんと説明ましたか?

え?ロクに話も聞いてくれない?
夫の方がアタマがいいので論破されてしまう?
頑固な夫で、自分と異なる意見を認めない?

えーっと。なんで、そんな人と結婚したんですか?
そんな人だと結婚前に見抜けなかったんですか?

価値観や、人生哲学や、自分が大切だと思うことについて、
様々な社会問題に対する自分の立ち位置、意見について、
結婚前に話し合わなかったんですか?

とりあえず正社員で、収入も安定してるから結婚を決めた、とか。
とりあえず次男で、実家も裕福だし、本人も悪い人じゃないから決めた、とか。
まさか、そんなことはありませんよね?

とりあえず顔がいいから決めた、とか。
とりあえずデキちゃったから結婚した、とか。
まさか、そんなこともないですよね?

確かに、一人暮らしより、二人の方が、家賃や光熱費を折半できて経済的。
確かに、一人より二人の方が、食事作るのも、家事を分担するのも合理的。

でも、一緒に住む相手、誰でもいいって訳じゃないでしょう?
人生を共にする相手、適当に選べる訳ないでしょう?

え?職種?収入?貯金の額?離婚歴?家族構成?持ち家の有無?趣味?
そんな数値化できるような、基準で相手を選べと?
まあ、データ上で「フィーリング」なんて曖昧なもの基準にできないでしょうけどね。

婚活を頑張れば結婚できる?そんな訳ないでしょう?
マスゴミに煽られて、洗脳されて、「打算・妥協・惰性」で結婚して幸せになれる訳ないでしょう?

出会う機会が少ないから、非婚化がすすんでるんじゃないと思うんです。

「この人となら人生を共にしたい」とか
「この人となら家族を築きたい」とか、
「この人となら苦労も分け合える」とか、
そういう気になる相手が見つからないから結婚しない人が増えているだけでしょう?

お互いがお互いの人間性に惹かれたのでも、惚れたのでもなく、
条件が合致したから結婚したってカップルが、
生活を共にする中で、価値観の相違や性格の不一致に気づいて離婚する。

そりゃ、そーでしょ。
って言うか、最初から、そんな相手と結婚なんかするなよ。
ましてや子どもなんか作るなよ。

有り得ない。

周りに流されて、安易に結婚を決める本人はもちろんだけど、
結婚するのが当たり前だと思い込んで、
結婚してない人に肩身の狭い思いをさせる「いい人」たちも。

離婚地獄や、共働きの悲惨さや、DVの現状はまるで無視して、
実際には存在しない甘―い夢見たいな結婚生活ばっかり報道して、
「結婚してる人は勝ち組。結婚してない人は負け組み。」みたいな空気を作ってるマスゴミも。

婚活ブームを煽って、婚活ビジネスであらゆる手段で金を巻き上げようとする企業も。

絶対、有り得ない。

婚活なんて、くそくらえ。

結婚なんかしない。
子どもなんか産まない。

一生独身で、悪いか!
ひきこもり、万歳!

本当に「何か」起こるなら・・・


とりあえずお盆は無事に過ぎたようですね。

ロシアが燃え、インド・パキスタン・中国が水浸しになり、
あちこちで地震が起き、株価が前代未聞の事態に陥っていることを
「無事」と言うなら・・・の話ですけど。

いろんな人が、いろんな事を言ってて、確かに、いろんな火種が散らばってて、
本当に「何か」が起こりそうな気がします。

でも、パニックになって、慌てふためくのは、何か違う気がする。
警告を出すのは勝手だけれど、それに踊らされるのは癪に障る。
情報に煽られて、自分を見失ってしまうのはどーかと思う。

とことん天邪鬼な、ひきこもりです。

いそいそと荷物まとめて比較的安全そうな場所に移動したり、
がっぽり食料を溜め込んだり、
貯金を外貨や金に換えたり、
そういう、自分だけは生き残ろうとか、
自分だけは損しないようにしようとか、
何か、違う気がする。

どーせなら、いつ何が起こっても後悔しないように、
好きな人がいるなら想いを伝えるとか、
食べたい物があるなら、我慢せず食べるとか、
行きたいところがあるなら、行けるときに行っておくとか、
したいことがあるなら、今する。
そういう意気込みの方が、まだマシじゃないですか?

「何か」が起こりそうな気がする。
だからこそ、「今」を大事にしたい。

まあ、ひきこもりのワタシは、今までもすでに、やりたいことやって、
したいことして、言いたいこと言って、
十分好きなように生きてきたんですけどね。

強いて望みを挙げるなら、最期の瞬間まで、のほほん、としてたい。
「まあ、いろいろあったけど、幸せな人生だったわ」って
笑いながら死にたい。

必死で何かに立ち向かって返り討ちに遭って死ぬのが理想って
人もいるかもしれないけど、ワタシ、基本的に平和主義なので・・・。

捻くれた平和主義者
ひきこもり、万歳!

「真実S」ひきこもりが学校で教わりたかったこと。

「真実S」のSは英語で言う、複数のSですね。

「真実はいつも一つ!」
なーんて毎回言い切ってる名探偵もいるようですけど、
アレはアレ。所詮アニメですから。
アレを見て、真実は一つなんだって子どもたちが本気で思い込んでしまったら、
その後、生きていくの大変でしょうね。

だって、真実は決して一つではないから。

ワタシにとっての真実と、アナタにとっての真実は違う。
権力者側にとっての真実と、被支配者側の真実は異なる。
金持ちが考える真実と、貧乏人が思っている真実にはものすごく隔たりがある。

それが、事実でしょう?

真実Sは複数なんですよ。

ワタシ自身、学校で教えてもらった記憶はないんですけど、
社会に出れば目の当たりにしますよね?
誰でも簡単に気づくことですよね?

教育、という分野に、我々は膨大な時間とお金を費やしてます。
幼稚園から大学まで、としたら18年間です。
公共教育には税金もそれなりに使われてますね。

でも、学校で習ったことって、
本当に今の生活に生かされているのでしょうか?
読み書き計算の基礎的な部分はともかく、数学や古典や、
受験の時にとりあえず暗記した世界史の記号たちが、
何か役になってますか?

ワタシ、ほとんど覚えてませんね。
それで、別に何も困ってませんね。

どうせ、教えるのなら、
社会に蔓延する、ありとあらゆる欺瞞と矛盾。
それらとの距離のとり方や、正しい目のつぶり方を
教える方が、実用的かと思うんですけど?

「嘘、偽りがまかり通り、正直者が馬鹿を見る」

社会とは、そんなもんだって知っていれば、
あとでショック受けることも減るだろうし、
ウツになったり、自殺したりする人、減るかもしれませんよ。

ひきこもり、が減るかどうかはわかりませんけどね。
だって、ひきこもり生活、とっても快適なので。

ひきこもり、万歳!

なぜ、ひきこもりはラクなのか。


9月になりましたね。
相変わらず、世界各地でいろいろと不吉な兆候が出ているようですが、
ワタシは、元気です。

まだ、ちょこちょこ切り崩している貯金が残っているので、
相変わらず、心安らかな毎日を送らせていただいております。
本当に、有難いことです。

今日は、なぜ、ひきこもり生活がこんなに穏やかで快適なのか、
考えてみました。

一番、簡潔な答えは、
「何にも執着していないから」

お金や、人間関係や、社会的成功や、自分の命ですら、
もはや、どーでもいいんですよね。

どーでもいいことの為に、無理したり、頑張ったりしないので、
かなり楽になりました。

本当は欲しくないモノ、実際には必要のないモノをを手に入れるために
なんであんなに必死になってたのか、今では不思議に思います。

自分がどれほど、無駄なモノやヒトや価値観に捕らわれまくっていたことか。
改めて考えると、それこそ笑い話のレベルです。

シンプル・ミニマム、本当にささやかで、質素な暮らしだけれど、
今のひきこもり生活に満足してるし、
明日死んでも全く後悔しないです。

ひきこもり、万歳!

ひきこもりになる人も、ならない人も、なれない人も・・・


ひきこもりライフ、快適です。

ひきこもりとして生きていられる自分は
非常に恵まれていると思います。

でも、ひきこもりにならない人や、なれない人も、
それはそれで、悪くない人生を送っているんじゃないかな、と思うんです。

いろんな嫌なことがあって、カツカツの生活で、
ストレス溜まって、疲れも溜まって、
「あー、いっそ、ひきこもりたい!」って思っても、
実際に行動に移さない人、移せない人って、
それはそれで恵まれているんじゃないですか?

だって、そこまで追い詰められてないってことでしょう?

まだ、失いたくないモノがあるんでしょう?
守りたい大切なモノがあるんでしょう?
いわゆる「フツー」の生活に未練があるんでしょう?

今の状態を続けるエネルギーがまだ残っていて
ひょっとしたら、ちょっとはマシになるかも、っていう
希望的観測が持てるから、しがみついてるんでしょう?

「ひきこもったら、食べ物も買えなくて死ぬしかない。」
って、必死で働いている人は、「自分の命」が大事なんでしょう?
ひきこもって餓死するよりは、マシだと思えるから、働いているんでしょう?

「ひきこもりになったら、家族が悲しむ。」って人は、
悲しませたくないくらい、大切な家族がいるんでしょう?
自分を犠牲にしてでも守りたいモノがあるって幸せなんじゃないですか?

どれだけギリギリでも、ひきこもりにならずに済んでいるってことは、
それなりに、素晴らしい人生なんだと思います。

ひきこもりになる人も、ならない人も、なれない人も、
考え方次第で、それなりに幸せな人生を送れるんじゃないですか?

「それなりに」ですけどね。

そこそこ、でいいじゃないですか。
ほどほど、で十分じゃないですか。
ぼちぼち、のんびり生きましょうよ。

それなりに幸せな、
ひきこもり、万歳!

ひきこもりになる覚悟

ワタシが、ひきこもりになることを決めた時、
もう、自分が死ぬか、相手を殺すか、ってトコまで追い詰められてました。
失うモノなんて、何もなかったし、
守りたい大切なモノなんて、何もなかった。

ただ、とことん、ぶっ壊れて、破滅するより、
最後くらいは、静かに生を全うしたい、そう思っただけ。

貯金が尽きて、ライフラインが閉ざされて、食べる物もなくなって、
餓死するその日まで、穏やかに隠居生活を送りたい、そう思っただけ。

ワタシは、もう元のいわゆる「フツー」の生活に戻る気は全くないので、
貯金が尽きたら、それで終りのつもりでいます。
生活保護もらって働き人に戻る努力をすることはないでしょう。

そういう覚悟で、ひきこもりになったんだけど、
いざひきこもり生活を始めてみると、思った以上に快適で、
シンプル・ミニマムに徹したら、現金も最低限しか必要ないことがわかって、
しかも、これまでの人生で一番健康かつ元気になっちゃったんですよね。

極端な話、今、生き辛さを感じている人、
みんな「ひきこもりになっちゃえ」って思うくらい。

まあ、それなりの覚悟が必要なので、そこまで追い詰められてない人は、
そのまま、現状の生活の中で幸せを見つける方が簡単だと思いますけどね。

誰にでもすすめられる訳じゃないけれど、
犯罪を犯すとか、自殺する、とかの前に、
「ひきこもりになる」という選択肢を検討してみても
別に悪くないんじゃないかなと思う。

最後の最後、一歩手前の選択肢。
ひきこもり、万歳!

ひきこもりが理想になる日?

閑古鳥が鳴いているはずの、当ひきこもりブログが
最近なんか騒がしい?と思ってたら、
どうやら別のブログで紹介してもらったらしい。

ひきこもり擁護論なんて、叩かれるに決まってるでしょうに、
物好きな人もいるもんだ、と他人事のように傍観していたら、
思ったよりも、ひきこもりに寛容な人がいるようで、
このブログにも応援メッセージのようなものを頂いてしまいました。

バッシングの対象であるはずの、ひきこもり的生き方に
共感を持ってしまう人が増えているということは、
それだけ社会が病んでいるということなんでしょう。
本当にギリギリの生活を強いられている人が多いということなのだと思います。

女子高生が選ぶ憧れの職業に「キャバ嬢」が入るような今日この頃。
もう、何が起きてもおかしくない、そう思いませんか?

なんか、アチコチで、ひきこもり的生き方を推奨しているような、
そんな有り得ない錯覚を起こすことも度々あるし。

いろんなコトを、いろんな視点から検討していくと、
最終的に何とか実現可能な、妥協案を探っていくと、
ひきこもり的生き方にたどり着く、そんな感じ。

積極的に誰もが望んで選ぶ策ではないかもしれない。
でも、どーしても受け入れられないことを避けていくと、
ひきこもり的生き方しか、残らない、そんな感じ。

ひきこもりに対する理解者が増えるのは、
ワタシ個人としては有難いけれど、
社会全体としてはどうなんだろう?

ひきこもりこそが理想の生き方だ、なんて思われるようになったり、
諸事情が許せば、今すぐにでも、ひきこもりになりたい人が、
大勢いるかもしれないなんて。

異常でしょう?歪んでるでしょう?

ひきこもり当事者のワタシが言う事じゃないかもしれないけれど、
子供たちが描く将来の夢は「ひきこもりになること」
そんな社会は絶対におかしい。

社会的認知度が高まることを素直に喜べなくてゴメンなさい。
天邪鬼なひきこもり、万歳!

ひきこもりの覚悟②

前に「覚悟」とか書いたので、いろいろご心配をお掛けしてしまい
申し訳ありませんでした。

ワタシ、就職氷河期のロスジェネではあるけれど、
有難いことにワープアではなかったので、
それなりに蓄えがあるわけで、まだ大丈夫です。
今すぐ姥捨て山に登る予定ではないのです。

ワタシよりも、もっともっと、追い詰められて、
困窮状態の人があちこちに大勢いるでしょうけど。

なんか、いろいろコメント頂いて、ワタシもいろいろ考えさせていただいているので、
もう少し、ひきこもり論を追究してみましょう。

まず、「死」について考えるということは、
貧困層や、ひきこもりだけの問題ではない、ということです。

人間誰でも、生命に限りがあるので、
それを意識するかどうかの違いに過ぎないと思います。

自分がどんな最期を迎えたいか考えることは、
自分がどんな人生を過ごしたいか考えることと同じです。

国や社会が保障すべき最低限の権利まで、
「自己責任」という名の下、
個人に丸投げされている今日この頃。

なんとなく世間に褒められる生き方がしたいのか、
自分自身が納得できる生き方がしたいのか、
一人ひとりが選ぶ必要があるのではないでしょうか?

ひきこもりでも、ひきこもりでなくても、
のほほん、と生きてたら、
骨の髄まで搾取されて、生きる屍にされちゃうんです。

「自分探し」なんかしなくてもいいけれど、
癒しブームやスピ系にお金と時間を費やす必要は無いけれど、
一人ひとりが、「どんな風に生きたいか」考えることは大事だと思う。

ひきこもりだとか、働き人とか関係なく、
人間の命は限りがあるのだから。

生きるか死ぬかの極限状態にある人だけではなく、
みーんな、いずれ土に還るんです。

それなりに、頑張れば、定期収入の見込める仕事が得られて、
結婚して、家族を築いて、家を買って、年金もらって退職して、
孫の顔を拝んでから死んでいく。そんな世の中じゃないですからね、今。

自分の命には限りがある。
そのことをもう少し意識してもいいんじゃないでしょうか。

自然に哲学者になって、
自然に死と向かい合えるようになり、
自然と毎日感謝して過ごせるようになる、
なんか危ない宗教チックな面もあるかも?

ひきこもり、万歳。

「変化」を見守りたい。


いよいよ、ですか?
とうとう、来ますか?
わくわく、しますね?

期待をしていないわけではないけれど、
すぐに劇的に何かが変わるとも思えない。

ただ少しでも、「生き辛くない」社会になればいい。
ただ少しでも、「呼吸しやすい」世の中になればいい。

もう少し、ラクに生きたい。
もう少し、人間らしく生きたい。

ただ、それだけ。

それなりに働いたら、それなりに生活できる社会がいい。
ほどほどの生活に満足しても、誰からも非難されない社会がいい。

その為に「経済は発展させなければならない」という思い込み捨てましょう。
その為に「お金があればあるほど幸せになれる」というのは嘘だと気づきましょう。

富の分配の仕方を、ほんのちょっとだけ平等なものにしませんか。
多くの人が、不安と閉塞感でギリギリの状態なんて、楽しくないでしょう?

人は、社会を潤わせるために生まれてくるんですか?
人は、労働力を搾取されるために生まれてくるんですか?

ワタシは、奴隷になるために生まれてきたんじゃないと思いたい。
ワタシは、幸せになるために生まれてきたんだと思いたい。

今のままでも十分幸せだけど、
良い方向に社会が変化するのは大歓迎な、
ひきこもり、万歳!

ひきこもりの定義。

最近思うんだけれど、ワタシにとって「ひきこもり」って、
「隠居」とか「出家」のイメージに近いんだよね。

だから、ネットというコミュニケーションの手段を維持して、
モノやカネや陰謀社会とつながってる間は、
本当の意味で「ひきこもり」とは言わないんじゃないかと思うんですね。

もちろん、「さまざまな要因によって社会的な参加の場面がせばまり、
就労や就学などの自宅以外での生活の場が長期にわたって失われている状態」
なんていう、お役所の定義は論外ですけどね。

だって、この定義じゃ、主婦とか高齢者とか含まれちゃうし、
自宅で就学や就労してる人はどうなのって感じだし、
ネット環境がある場合、全く社会参加してないとは言い切れないでしょう?

ひきこもりの定義には「本人にひきこもりであるという自覚があるかどうか」が
重要だと思う。

病気とかで外には出られないけど、ネットでバリバリコミュニケーション取ってますとか、
専業主婦で生活の場は自宅しかないですけど、毎日充実してますとか、
漫画家目指して日々修行中ですとか、
仕事がなくて、お金もなくて、どこにも行けないし、何もすることがないから家にいますとか、
本人がひきこもりだと思ってない人をカウントしても意味ないじゃないですか。

逆に、仕事はしてます。学校にも行ってます。でも、社会から疎外されてる気がして、
気分的にはひきこもりです、とか、お金さえあれば、今すぐひきこもりたいです、とか、
隠れひきこもりや、潜在的ひきこもりの存在に注意する方が大事でしょ?

ひきこもりって言うのは、生き方とか哲学の問題であって、生活実態はあまり関係ないと
ワタシは思う。

ワタシ、必要があれば、買い物も行くし、ゴミも出すし、散歩もするし、たまーには
外食とかもしちゃったりします。ネットユーザーなので、社会とのつながりが全くない
わけじゃない。でも、ワタシは、自分で「ひきこもり」だと思うんです。

ただ単に「家に」ひきこもってるのか、
「社会から」ひきこもってるのか、
「他人から」ひきこもってるのか、
「経済的に」ひきこもらざるを得ないのか、
その違いは大きい。

既存の価値観を無条件に受け入れず、現状に疑問を持ち、
リアルな人間関係やメディアからできるだけ距離を置いて、
資本主義や消費社会にゆるやかに背中を向ける生き方。

それが、「ひきこもり」なんじゃないかな、と
何となく思う、今日この頃。

別に病んでないし、
現状に何の不満もないし、
社会復帰したいと思ってない。

健康で、穏やかで、平和で、充実した日々を送っている、
マスゴミ&お役所的にはとっても規格外のひきこもり、万歳!

「奴隷」OR「ひきこもり」

「勝ち組」と「負け組」
「勝ち犬」と「負け犬」
「上流」と「下流」
「エリート」と「庶民」
「特権階級」と「被支配階級」

いろんな分類がありますけど、
これからの日本で、勝ち組とか上流とかになるには、
特権階級に生まれるか、悪魔に魂を売り渡すしかないでしょうね。

フツーの家に生まれてしまったら、一発逆転サクセスストーリーなんて、
まず起こらないです。そこそこのお家柄だったとしても、
ほとんどの場合は、親世代よりも、生活は苦しくなるでしょう。

一時、総中流階級なんて言われてましたけど、
今後は、ぶっちゃけ、総下流で、「みんな負け組」でしょう。

あとは、どんな負け組になるか、という違いだけだと思います。

一生労働力を搾取され続ける「奴隷」か、
社会からドロップアウトして、独自の生き方を模索する「ひきこもり」か。

労働力を搾取され、
ピンはね分が上乗せされた商品を買わされ、
役人の豪遊費を強制的に負担させられる。

日本の働き人や、お馬鹿な消費者や納税者を、
哀れな洗脳奴隷と呼ばずになんと呼ぶ?

もう、やめましょうよ。
一度に全部はやめられなくても、ちょっとずつ、距離を置いて、
ちょっとずつ、脱出しましょうよ。

一部の人たちが、富を独り占めしても、
一般の人たちがそれなりの生活ができていれば、それでよかった。

でも、今は、一部の人たちが富を確保するために、
一般の人たちが普通の生活を犠牲にし、極限まで搾り取られている。

これは、もう、無理でしょう。

以前より、不便な生活になっても、
以前より、食費を減らしても、
以前より、遊べなくなっても、

このまま一生搾取され続けるより、マシじゃないですか?

みんなで、ひきこもって、資本主義や消費社会にNOを突きつけましょうよ。
一度に完全にひきこもらなくても、ちょっとずつ、「ひきこもり的生き方」に
移行してはどうでしょう?

いずれにしても、社会的、政治的、経済的枠組みが変われば、
嫌でも、これまでの生活は続けられなくなるだろうし、
生き延びられなくなるでしょうから。

やってみると、意外に簡単で、ラクになれる、
ひきこもり生活、万歳。


アレルギーっ子にもオススメ!?ひきこもり生活。


先週、一年ぶりくらいに公共交通を使い、いわゆる「大都市」に行きました。
あまり気は進まなかったのですが、どうしても避けられない用があって・・・。

帰宅途中から体調が悪くなり、翌日からしばらくボロボロでした。
2・3日安静にしていたら、自然に回復しましたけど。
大したこと無くて、よかったです。

喉は痛いし、目は痒いし、鼻水垂れるし、頭は痛いし、一体どうした?って感じでした。
場所によって、まだクーラーがんがんだったり、すでに暖房が入っていたりしたから、
温度差のせいかな、と思ったり。

でも、この鬱陶しさ、どこかで経験があるような・・・と考えていたら、
思い出しました。

花粉症の症状にそっくりなんでした。

ひきこもりになってから、特に症状が出てなかったので、すっかり忘れてましたが、
ワタシ、アレルギーっ子なんです。

ホコリとかハウスダスト系、ダニ・ノミ系、花粉系、排気ガスなどの都市汚染系、
とにかく全部ダメなんでした。

昔、皮膚科でアレルギーチェックした時に、すべてのアレルゲンに反応して
腕が真っ赤に腫れ上がったのを覚えています。

家にひきこもって、たまに近所に買い物に行くだけなら、全然平気なのに、
やっぱり大都市って、危険なんでしょうね。空気悪いし。

目に見えなくても、身体に良くないものが、ウヨウヨしてるんだろうなあ。
一体、ワタシ、何を吸ったんだ?この時期、花粉なわけないし。

あーヤダヤダ。やっぱり外出は苦手だわ。
お金はかかるし、余計なもの拾ってくるし。

部屋で大人しくしているのが、一番です。

毎日毎日、あんな環境の中、頑張って通勤して、必死で労働に勤しんでいる人たち。
本当に大丈夫なんだろうか?

自分の浸かっている水の温度が少しずつ上がっているのに気付かないで
茹でられてしまうカエルのように、もはや麻痺している人、多いんじゃないだろうか?

原因不明の慢性疾患、ひょっとしたらアレルギー性だったりして。
ひきこもりになったら、治っちゃうかもしれませんよ?

ひさしぶりに外に出て、改めて穏やかで健康的なひきこもり生活の有難さを実感しました。
アレルギーよ、さようなら。
ひきこもり、万歳!!

プロフィール

KIKI

Author:KIKI
今、必要なのは、情報に流されず、変化を恐れない「強かさ」と「しなやかさ」。シンプル・ミニマム志向で、消費の縮小と健康の維持に取り組む「ひきこもり」のブログ。(コメントは有難く読ませていただいていますが、現在お返事をする余裕がありません。何卒ご了承ください。)

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