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2014年元旦。

新年、明けましておめでとうございます。

2014年1月1日の感想。

「ああ、ワタシ、まだ生きてるわ。」

ひきこもりになってウン年。
このブログも4年目。

こんなに長く続くなんて思ってなかった。
こんなに長く生き延びるなんて思ってなかった。

「ひきこもりになる為の20の方法」を
アレコレ実践しながら生きる日々。

我ながら、結構しぶといです。

2013年を振り返ってみると、
無意識のうちに過去や未来にとらわれていた気がする。

今の社会が抱える問題の原因はなんだろう、とか、
どうすればよりよい未来を作れるだろうか、とか、
一体どこで道を踏み外してしまったんだろう、とか、
今の子どもたちの将来がどれほど悲惨になるだろう、とか。

知るべきことは、もう既にだいたい知った。
考えるべきことは、もう既にだいたい考えた。
準備すべきことは、もう既にだいたい準備した。
やるべきことは、もう既にだいたい見えている。

だから今年の目標は「今を生きる」。

悔いの残らないよう一日一日を全力で生きる。

進んでも戻っても止まっても、何でもいいけど、
とりあえず、毎日を丁寧に生きる。
そんな日々をただ積み重ねる。

それがワタシの今年の目標。

当ブログを訪問してくださるモノ好きな皆様、
いつも有難うございます。

皆様にとって2014年が気づきと行動の年になりますように。

本年もどうぞ宜しくお願い申し上げます。

ひきこもり、万歳。
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きっと、何かあるハズ。

「ひきこもり生活」なんて、
不健康で、不健全で、非人間的で、反社会的で、
何年も続けられるわけがないと思われていた。

自分でも最初はそう思っていた。

でも、いつまでたっても、どれだけ待っても、
元の働き人(はたらきびと)の人生に戻りたいと思えなくて、
むしろ、以前よりも健康になって、自由になって、幸せになって、
人間的に生きられている。

今もまだ必死で命を削りながら働いている人に対して、
申し訳ないなという罪悪感を持つことはあっても、
「ひきこもり生活」を止めようとは思わない。

どんなにギリギリでカツカツでフラフラに見えても、
今の生活に不満はない。

きっと、「ひきこもり生活」には何かあると思うんだ。

現在の生きづらい社会に絶対的に欠けている何かが。

より楽に、より幸せに、より人間らしく、より自由に
生きられるようになるために必要な何かが。

その何かを見つけられればいいな、と思う。

その何かを共有できればいいな、と思う。

その何かを大切に守り抜くことができればいいな、と思う。

ひきこもり、万歳。

19年目。

毎年この日は特別な気持ちになる。

人生で始めて、生と死を身近に感じた日。

生と死の境目がこれほど曖昧だとは思わなかった。

一歩間違えば死んでいたかもしれないあの日。

あの地震で何千人ものヒトが亡くなった。

でも、ワタシは19年後の今もまだ、生きている。

あの日亡くなったヒトと、生き残ったヒト。

特別な理由なんて、きっと、ない。

単なる偶然。

カミサマの気まぐれで生き残ったワタシ。

命拾いした人生を、ちゃんと生かせているだろうか。

あの時亡くなったヒトに、そんな生き方するなら
交替してくれって言われないだろうか。

ワタシは社会をドロップアウトしたただの「ひきこもり」だけれど、
それでも「ひきこもり」なりに、頑張って生きているつもり。

みんなに褒めてもらえるような生き方だと、胸を張って言えるわけではない。
でも、みんなに後ろ指をさされるほど、恥ずかしい生き方だとも思わない。

少なくとも自分の命を無駄にするような生き方はしてないつもり。

未だに生きていることに、罪悪感やら感謝やら驚きやら、
いろいろな感情を抱きつつ、それでもワタシは生きている。


「やれることはすべてやった。もう思い残すことはない。」

そう言いながら死ぬのが目標。


2014年1月17日 

合掌

卵が先か、鶏が先か。

社会を変えるのが先か。
自分が変わるのが先か。

社会を知るのが先か。
自分を知るのが先か。

社会全体が幸せになるのが先か。
自分自身が幸せになるのが先か。

社会の波動を上げるのが先か。
自分の波動を上げるのが先か。

どっちが大切か。
どっちが優先か。
どっちから取り組むべきか。

わからない。

わからないけれど、難易度的に言うと、
社会を動かすより、自分が動くほうが容易なんじゃないだろうか。

だから、社会とのつながりを辛うじて切れない程度に保ちながら、
自分の生活の中で「修行」を続けてるんだと思う。

ひきこもり、万歳。

有事に強い(かもしれない)「ひきこもり」

「ひきこもり」って、今回の大雪みたいな災害に
は結構強いかもしれない。

だって、もともと外に出たくないわけだから、
天気が悪い日なんか、絶対外出しない。
外に出て転んだり、事故に遭う確率は極めて低いだろう。

しかも、買い物はネットで注文することが多いから、
送料を安くするために自然とまとめ買いをすることになる。

一週間や二週間篭城することになっても全然平気。
飲み水さえ手に入って、思いっきり小食モードになれば、
相当な期間、餓死しないはず。

屋根が飛んだり、窓ガラスが割れたりしない限り、
ダウンジャケット着込んで、氷点下対応の寝袋に入っていれば、
多分そう簡単に凍死することもないと思う。

コミュ障で人間関係築くのが苦手で、へたれでも、
「ひきこもり」って割とシブトク生き残るかもしれない。

基本的にメンタルは弱いけど、
普段ひきこもって充電してる分、
いざとなったら火事場の馬鹿力を発揮するかもね。

不謹慎かもしれないけれど、被害の大きかった地域の
心配をする一方で、そんな妄想をしていたのでした。

とりあえずウチは大丈夫です。
ひきこもり、万歳。

それぞれのタイミング

今回の大雪、場所によってはかなり大変だったらしい。

例の胡散臭いスポーツの祭典の話題は嫌でも目にするのに、
大雪の被害状況は探さなきゃ見つからない状態だった。

「またかよ」とうんざりする中、ちょっと別の気配もあった。

311の後「いざという時のために、最低限の備えを
しておきましょう」と繰り返していたサイトがいくつもあった。

ワタシも「いつ何が起こってもおかしくない」と
考える方のタイプだから、微力ながら
話を聞いてくれる数人にイロイロ吹き込んできた。

「コレ買っておくと便利らしいよ」とか、
「ココのサイトで注文するのがおすすめだよ」とか。

多分、相手はあまり本気にしてなかったと思うんだけど、
半信半疑ながら、ワタシのアドバイスを
多少は実行してくれていたらしい。

で、今回の大雪。

「防災グッズ役に立ったわ」とか
「まとめ買いしておいて助かったわ」という
反応がいくつかあった。

「いつ何が起こるかわからないって本当だね」とか
「政府はすぐに動いてくれないって実感した」とか
「テレビが真実を伝えているわけじゃないと知った」とか
そういう感想ももらった。

その人たちにとっては今回の大雪が
「気づく」タイミングだったのだろう。

例え今気づいても、すぐこれまでと違った方向に
歩き始めることができるわけではないだろうけど、
何も気づかないままで終わるよりはマシだと思う。

何かが、少しずつ変わってきたような気がする今日この頃。

ひきこもり、万歳。

エイリアンな「ひきこもり」

久しぶりに「外」に出ていた。

まるで何も起こらなかったかのように
少なくとも表面上は、平穏無事な生活送っている人が
思っていた以上にたくさん居ることに驚いた。

え?何もなかったことになってるの?
え?すべて安全てことになってるの?
え?危険は全くないって信じてるの?

うーん・・・。

なんて言うかさ、ズレてるみたい?

自分が感じている世界と
世間一般の人が生きている世界が
全く別のように思えて不思議。

「お見事!」と言うより他に言葉がないくらい、
以前と変わらないフツーの生活が続いている。

なんでもっと騒がないんだろう?
なんでもっとパニックにならないんだろう?
なんでもっと怒らないんだろう?
なんでもっと悲しまないんだろう?

何十年後、何百年後にまだ地球があるとして、
人類が存在しているとしたら、
きっと理解不可能だと思うんだ。

人類史上最も意味不明な時代として
歴史学者たちの頭を悩ませているに違いない。

でも、まあ、だんだんマヒしてくるよね。
っていうかマヒさせないとおかしくなるよね。

普段、他人とのコンタクトを取る必要がない
「ひきこもり」のワタシは、ぬくぬくと自分の殻に
閉じこもっていられるけれど、
そうでない大多数の人たちにとって「今」という時代は
本当にこの上なくメチャクチャ生き辛いに違いない。

こんな状態の中で、フツーに生きている人たちに
尊敬の念すら抱く今日この頃。

とんでもない時代に生きていることを
改めて実感した。

なんか浦島太郎かエイリアンにでもなった気分。

ひきこもり、万歳。

生まれる順番、死ぬ順番


身近な人が亡くなると、どうしても思ってしまうことがある。

何でこんなにいい人がこんなに早く逝ってしまって、
自分はまだ生きているんだろうって。

「お前が死ねばよかったのに」って
直接言われたわけではないけど、
そう思っている人はいるだろう。
そもそもワタシが自分でそう思う。

代われるものなら代わりたい。
でも例えワタシが死んでも、
別の誰かが生き返るわけではない。

生と死の境は紙一重。

どうして、っていくら考えても答えは見つからないから、
きっと「順番」があるのだと思うことにした。

生まれてくる順番を変えられないのと同じように、
死ぬ順番も決まっているんじゃないかって。

人間、自分の力ではどうしようもないことがある。
それを運命と呼ぶなら呼べばいい。

「美人薄命」なんて言葉もあるし、
「順番」に納得がいかないケースは、
世の中いくらでもあるはず。

中途半端に生きている「ひきこもり」に限って
なかなか順番が回ってこないとか。
理不尽だけど、仕方ない。

誰しも必ず順番はやってくる。
それが早いか遅いか、ただそれだけ。
人生、長く生きればいいってもんでもない。

亡くなった人の分まで立派に生きようなんて
偉そうなことは言えないけれど、
自分の順番が来るのをぼんやり待つのはもったいない。

自分に残された時間があとどれくらいなのかはわからない。
わからないからこそ、いつ順番が回ってきてもいいように
悔いのないよう生きようと思う今日この頃。

死がすべての終わりではないといいな。
この世を去った人たちが、
あの世で元気に笑っていてくれればいいな。

ひきこもり、万歳。
プロフィール

KIKI

Author:KIKI
今、必要なのは、情報に流されず、変化を恐れない「強かさ」と「しなやかさ」。シンプル・ミニマム志向で、消費の縮小と健康の維持に取り組む「ひきこもり」のブログ。(コメントは有難く読ませていただいていますが、現在お返事をする余裕がありません。何卒ご了承ください。)

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