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優雅で快適な、ひきこもりライフを実現するための20の方法。ちょっとブレイク。

優雅で快適な、ひきこもりライフを実現するための20の方法。

このシリーズのネタは結構前から暖めてたんですけど、実は書くの迷ってたんですよね。

ワタシは、自分の穏やかで幸せなひきこもり生活に大満足で、何の後悔もしてないけど、
他人様を巻き込むのはどうかな・・・と。

だって、コレ、ひきこもりになる為の手引きですから。

「ひきこもり」になって社会とできるだけ距離を置きたい。
でも、生きていくには最低限のお金が必要。
さて、どうやって喰っていこうか、そーゆー話なんです。

「完全自殺マニュアル」とかに通じる胡散臭さがあるわけですよ。

ひきこもりって、ラクですよ、人間らしく生きられますよって、
自分の生活を紹介するのとは違うプレッシャーがあったりして。
ある意味プロパガンダだし。

へたれで小心者のワタシは正直びびってます。
だから、読むの面倒くさいだろう、と思いつつ、追記設定にして、
わざわざ「続きを読む」をクリックしないと記事が表示されないようにしてみたり。
あんまり意味のない悪足掻きなんだけど。

でも、魔の9月が過ぎて、表面上はかろうじて均衡を保っているように見えても、
水面下では、ドロドロ、ギリギリ、多分、一触即発なんじゃないかなという気がして。

どうせ書くなら、今、かなって。

人生いつでもやり直せると信じたいから。

社会復帰するとか、正社員の職に就くとか、高収入を得るって意味じゃなくて。

奴隷労働者・洗脳消費者として、おカネやジョーシキに縛られた窮屈な生活から抜け出して、
シンプル・ミニマムな暮らしを始めることは、いつでもできる、という意味で。

まあ、推定読者10人程度の閑古鳥ブログだし、そんなに心配しなくても大丈夫でしょう。
今の所、嫌がらせとか、ネガティブなコメとかは来てないので、
これからも、ぼちぼちネタを更新したいと思います。

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優雅で快適な、ひきこもりライフを実現するための20の方法。その3 配偶者もしくは同棲相手に寄生する

基本理念として、犯罪に手を染める、という方法と、貧困ビジネスを立ち上げる、という方法は、論外とします。が、今後提案予定の中には、グレーゾーンというか、微妙だろ、というか、人間としてどうよ、っていう方法も出てくるかもしれません。その場合は、ケースバイケースということで、ご了承ください。

ちなみに、適当に考えた方法なので、一つ一つ吟味し、実験し、確認した訳ではなく、
実際に記事の方法を試した結果については、なにも保障できませんので、あしからず。

ひきこもになるもならないも、決めるのは自分。

「この物語はフィクションです。実在する人物、団体、社会とは一切関係ありません。」
とでも書いておくことにしましょうかね。

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優雅で快適な、ひきこもりライフを実現するための20の方法。その2 年金暮らしの高齢者に寄生する

基本理念として、犯罪に手を染める、という方法と、貧困ビジネスを立ち上げる、という方法は、論外とします。が、今後提案予定の中には、グレーゾーンというか、微妙だろ、というか、人間としてどうよ、っていう方法も出てくるかもしれません。その場合は、ケースバイケースということで、ご了承ください。

ちなみに、適当に考えた方法なので、一つ一つ吟味し、実験し、確認した訳ではなく、
実際に記事の方法を試した結果については、なにも保障できませんので、あしからず。

ひきこもになるもならないも、決めるのは自分。

「この物語はフィクションです。実在する人物、団体、社会とは一切関係ありません。」
とでも書いておくことにしましょうかね。

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優雅で快適な、ひきこもりライフを実現するための20の方法。その1 親に寄生する

基本理念として、犯罪に手を染める、という方法と、貧困ビジネスを立ち上げる、という方法は、論外とします。が、今後提案予定の中には、グレーゾーンというか、微妙だろ、というか、人間としてどうよ、っていう方法も出てくるかもしれません。その場合は、ケースバイケースということで、ご了承ください。

ちなみに、適当に考えた方法なので、一つ一つ吟味し、実験し、確認した訳ではなく、
実際に記事の方法を試した結果については、なにも保障できませんので、あしからず。

ひきこもになるもならないも、決めるのは自分。

「この物語はフィクションです。実在する人物、団体、社会とは一切関係ありません。」
とでも書いておくことにしましょうかね。

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優雅で快適な、ひきこもりライフを実現するための20の方法。序文

なぜ、ひきこもりとして生きては駄目なのか?

どうして「脱出」しなきゃいけないの?

穏やかで幸せな、ひきこもりライフに未練あり。

人間らしい生活を送れるひきこもりライフを手放したくないひきこもりの提案。

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マスゴミのネガキャンは、もう要らない。

マスゴミの与える「ひきこもり」のイメージって
あまりにも病んでる面ばっかり強調してて、
ものすごく違和感がある。

別にワタシは、ひきこもりの代表でも何でもないけど。
苦しんでるひきこもりって、本当に多いの?
助けを求めてるひきこもりって、沢山いるの?
ひきこもりは、本当にみんな社会に復帰したいと思ってるの?

ひきこもり生活満喫中、ハッピーなひきこもりである、ワタシが例外なんですか?
それとも、多くの人が、マスゴミのネガキャンに騙されてるだけですか?

例えば、精神科で処方される薬が必要だったり、カウンセリングが必要な人を
「病んでる」と仮定したら、「病んでる」ひきこもりは、確かに存在すると思います。

「病んでる」サラリーマンや、「病んでる」親や、「病んでる」子どもや、
「病んでる」教師や、「病んでる」政治家が存在するのと同じように。

でもそれって、一部の人ですよね?

お役所の定義も統計も疑問だらけだけど、100万人とも言われる、
ひきこもりの、全員が全員、助けを求める病んだ問題児じゃないはず。

別に調査した訳でも、正式な統計に基づいている訳でもないですが、
子どもがひきこもりになった家庭で、実際に病んでるのは親だったってケースとか、
若手社員がどんどんウツで休職する部署で、本当に病んでるのは上司だったとか。
いくらでもありそうな話でしょう?

もう大分バレバレですけど、
マスゴミは、自分たちに都合が悪いことは、絶対に報道しませんね?

蛭頭事件だけじゃなく、日航123や911、その他いろいろ、真相は闇の中。
事故や自殺で公式に処理された案件が実は殺人だった、なんて、もはや日常茶飯事でしょう?

ネットユーザーに限って言えば、テレビや新聞の「報道」が真実だと信じてる人、
ほとんどいないと思いますけど。

マスゴミが悪者扱いする場合、大概ウラがある。
何もやましい事がないなら、バッシングする必要もないわけで。

残念ながら、今後、ひきこもりは、ますます反社会的な厄介者として、
叩かれそうな気がします。

世の中の喧騒から距離を置いて、少食・菜食生活を送っていると、
別に修行してるわけじゃないけど、見えてくるモノがあったりするし。

本人にその気がなくても、「目覚め」ちゃったり。
ひきこもりって、多分、フツーの人より洗脳されにくいんじゃないかな。
結構、疑心暗鬼だし。

それに、穏やかで幸せなひきこもりライフの実態が多くの人にバレて、
みんなが、ひきこもりになりたいと考え出したら、大変なことですよね?

安い賃金で命を懸けて、限界まで働いてくれる奴隷がいなくなったら困る人、
多いでしょうから。

マスゴミのネガキャンは、もう要らない。

どうぞ勝手にバッシングしてください。
痛くも痒くもないですし、屁とも思ってませんから。

幸せなひきこもり、万歳。

「奴隷」OR「ひきこもり」

「勝ち組」と「負け組」
「勝ち犬」と「負け犬」
「上流」と「下流」
「エリート」と「庶民」
「特権階級」と「被支配階級」

いろんな分類がありますけど、
これからの日本で、勝ち組とか上流とかになるには、
特権階級に生まれるか、悪魔に魂を売り渡すしかないでしょうね。

フツーの家に生まれてしまったら、一発逆転サクセスストーリーなんて、
まず起こらないです。そこそこのお家柄だったとしても、
ほとんどの場合は、親世代よりも、生活は苦しくなるでしょう。

一時、総中流階級なんて言われてましたけど、
今後は、ぶっちゃけ、総下流で、「みんな負け組」でしょう。

あとは、どんな負け組になるか、という違いだけだと思います。

一生労働力を搾取され続ける「奴隷」か、
社会からドロップアウトして、独自の生き方を模索する「ひきこもり」か。

労働力を搾取され、
ピンはね分が上乗せされた商品を買わされ、
役人の豪遊費を強制的に負担させられる。

日本の働き人や、お馬鹿な消費者や納税者を、
哀れな洗脳奴隷と呼ばずになんと呼ぶ?

もう、やめましょうよ。
一度に全部はやめられなくても、ちょっとずつ、距離を置いて、
ちょっとずつ、脱出しましょうよ。

一部の人たちが、富を独り占めしても、
一般の人たちがそれなりの生活ができていれば、それでよかった。

でも、今は、一部の人たちが富を確保するために、
一般の人たちが普通の生活を犠牲にし、極限まで搾り取られている。

これは、もう、無理でしょう。

以前より、不便な生活になっても、
以前より、食費を減らしても、
以前より、遊べなくなっても、

このまま一生搾取され続けるより、マシじゃないですか?

みんなで、ひきこもって、資本主義や消費社会にNOを突きつけましょうよ。
一度に完全にひきこもらなくても、ちょっとずつ、「ひきこもり的生き方」に
移行してはどうでしょう?

いずれにしても、社会的、政治的、経済的枠組みが変われば、
嫌でも、これまでの生活は続けられなくなるだろうし、
生き延びられなくなるでしょうから。

やってみると、意外に簡単で、ラクになれる、
ひきこもり生活、万歳。


ひきこもりの定義。

最近思うんだけれど、ワタシにとって「ひきこもり」って、
「隠居」とか「出家」のイメージに近いんだよね。

だから、ネットというコミュニケーションの手段を維持して、
モノやカネや陰謀社会とつながってる間は、
本当の意味で「ひきこもり」とは言わないんじゃないかと思うんですね。

もちろん、「さまざまな要因によって社会的な参加の場面がせばまり、
就労や就学などの自宅以外での生活の場が長期にわたって失われている状態」
なんていう、お役所の定義は論外ですけどね。

だって、この定義じゃ、主婦とか高齢者とか含まれちゃうし、
自宅で就学や就労してる人はどうなのって感じだし、
ネット環境がある場合、全く社会参加してないとは言い切れないでしょう?

ひきこもりの定義には「本人にひきこもりであるという自覚があるかどうか」が
重要だと思う。

病気とかで外には出られないけど、ネットでバリバリコミュニケーション取ってますとか、
専業主婦で生活の場は自宅しかないですけど、毎日充実してますとか、
漫画家目指して日々修行中ですとか、
仕事がなくて、お金もなくて、どこにも行けないし、何もすることがないから家にいますとか、
本人がひきこもりだと思ってない人をカウントしても意味ないじゃないですか。

逆に、仕事はしてます。学校にも行ってます。でも、社会から疎外されてる気がして、
気分的にはひきこもりです、とか、お金さえあれば、今すぐひきこもりたいです、とか、
隠れひきこもりや、潜在的ひきこもりの存在に注意する方が大事でしょ?

ひきこもりって言うのは、生き方とか哲学の問題であって、生活実態はあまり関係ないと
ワタシは思う。

ワタシ、必要があれば、買い物も行くし、ゴミも出すし、散歩もするし、たまーには
外食とかもしちゃったりします。ネットユーザーなので、社会とのつながりが全くない
わけじゃない。でも、ワタシは、自分で「ひきこもり」だと思うんです。

ただ単に「家に」ひきこもってるのか、
「社会から」ひきこもってるのか、
「他人から」ひきこもってるのか、
「経済的に」ひきこもらざるを得ないのか、
その違いは大きい。

既存の価値観を無条件に受け入れず、現状に疑問を持ち、
リアルな人間関係やメディアからできるだけ距離を置いて、
資本主義や消費社会にゆるやかに背中を向ける生き方。

それが、「ひきこもり」なんじゃないかな、と
何となく思う、今日この頃。

別に病んでないし、
現状に何の不満もないし、
社会復帰したいと思ってない。

健康で、穏やかで、平和で、充実した日々を送っている、
マスゴミ&お役所的にはとっても規格外のひきこもり、万歳!

国民を救わない政治は、もう要らない。


「政治」って何?
誰が、何を目的にしているのか、全く訳がわからないですね。

「介入」って何?
誰が、何を目的にしてるのか、全く訳がわからないですね。

日本が、日本国民を救うための政治であり、介入であるなら、
紙切れ同然のドルの購入に税金を使うより、国民に配ったほうが
効果があると思いますけど?

え?日本の政治を牛耳っているのは、日本人じゃないって?
それなら、納得。

え?「介入」の目的がそもそも日本国民を救うためじゃないって?
それなら、納得。

オザワンが潰され、アカン路線継続。

ということは、ベーシックインカムの導入も、
同一労働・同一賃金の実施も、夢のまた夢。儚く散りましたね。

普通の働き人の生活は、どんどん苦しくなっていくでしょう。
ウツも、自殺も、餓死も、どんどん増えることでしょう。

国が、国民を見捨てるのなら、国民も、国の為に犠牲になる必要は
ないと思います。

自分でも気づかないうちに、「金持ち」の犠牲になってたり、
「会社」の犠牲になってたり、「世間」の犠牲になってたり、
「常識」の犠牲になってたり、「家族」の犠牲になってたり、
するもんですからね。

無意識に誰かの犠牲になるのをやめて、これからは、一人ひとりが、
正しい情報を集め、人間らしい生き方を追求し、
自分が後悔しない生き方を選択する必要があるのではないでしょうか。

国民を救わない政治は、もう要らない。

自分の身は自分で守るしかないんだから、
社会からドロップアウトした、後ろ指さされ組で結構。

ひきこもり、万歳。


民意を反映しない選挙なんて、もう要らない。


ほーんと、今の日本って、どこを見ても
茶番、茶番、茶番、茶番。
へそが茶を沸かしまくってますね。

アカンが再選されたことにしても、
もう日本は、アカン、アカンってことですか?

って言うか、もはや、選挙する意味、あるんでしょうか?
だって、票数なんて、何の意味もないわけでしょう?

選挙って、お金も時間も、膨大にかかってて、
当然のことながら、国民の税金も、費やされてますよね?

いっそのこと、止めましょうよ。

多くの人が、不正なんて行われるわけなくて、公明正大、
一票の重さが実際に存在して、自分の一票で政治が変わるんだって
信じてるなら、茶番選挙にも意味があるかもしれませんけど。

今や、選挙なんて嘘っぱちだって思ってる人の方が多いでしょう?
少なくとも、ネットユーザーは、多かれ少かれ、疑ってるもんじゃないですか?

だったら、選挙なんて止めちゃって、結果だけ発表するとか、どうでしょう?

「次期党首には、○○さんと○○さんが候補に挙がっていましたが、談合に談合を
重ね、裏取引を繰り返した結果、○○さんに決定しました。」

ダメですか?

税金の無駄遣いでしかない選挙は、もう要らない。
民意を反映しない選挙なんて、もう要らない。
茶番選挙は、もう要らない。






「変化」を見守りたい。


いよいよ、ですか?
とうとう、来ますか?
わくわく、しますね?

期待をしていないわけではないけれど、
すぐに劇的に何かが変わるとも思えない。

ただ少しでも、「生き辛くない」社会になればいい。
ただ少しでも、「呼吸しやすい」世の中になればいい。

もう少し、ラクに生きたい。
もう少し、人間らしく生きたい。

ただ、それだけ。

それなりに働いたら、それなりに生活できる社会がいい。
ほどほどの生活に満足しても、誰からも非難されない社会がいい。

その為に「経済は発展させなければならない」という思い込み捨てましょう。
その為に「お金があればあるほど幸せになれる」というのは嘘だと気づきましょう。

富の分配の仕方を、ほんのちょっとだけ平等なものにしませんか。
多くの人が、不安と閉塞感でギリギリの状態なんて、楽しくないでしょう?

人は、社会を潤わせるために生まれてくるんですか?
人は、労働力を搾取されるために生まれてくるんですか?

ワタシは、奴隷になるために生まれてきたんじゃないと思いたい。
ワタシは、幸せになるために生まれてきたんだと思いたい。

今のままでも十分幸せだけど、
良い方向に社会が変化するのは大歓迎な、
ひきこもり、万歳!

資本主義はもう要らない


なんか、そろそろ本格的にヤバイらしいです。
玉さん他、いろんな所で、13日から15日あたりが危険だと警告が出ている模様。

何が起こっても慌てず、騒がず。
ちょっとだけ、心の準備をしておきましょう。

ワタシは、今すぐこの世にサヨナラしても
何一つ後悔しないひきこもりで、
もう別に大した望みも、執着もないですが、
強いて言うなら、見てみたいものがあります。

それは、資本主義の崩壊。

かつて、ベルリンの壁が壊されたけれど、
資本主義が崩壊するときは、一体どんな風になるんだろう?
とても興味深いです。

それから、資本主義崩壊後の世界に想いを馳せてみる。

ベーシックインカムが導入され、同一労働・同一賃金が実現し、
多くの人が人間らしく生きられる世界になればいいのに、と願ってる。

え?欲張りすぎですか?
でも、そのくらい抜本的な改革しないと、何も変わらないでしょう?

多分、時代の変わり目には、それなりの被害が出るでしょう。
それなりの犠牲を払わないといけないかもしれません。

でも、もう何もかも限界なんだから、
表面を取り繕うだけの、
ごまかし政策はもう要らないんです。

どうせ壊れるなら、とことん壊れてしまえばいい。

これ以上悪くなりようがないし、
失うモノなんて何もない。
覚悟を決めた、ひきこもりに怖いものなんてない。

ひきこもり、万歳!

ひきこもりの覚悟②

前に「覚悟」とか書いたので、いろいろご心配をお掛けしてしまい
申し訳ありませんでした。

ワタシ、就職氷河期のロスジェネではあるけれど、
有難いことにワープアではなかったので、
それなりに蓄えがあるわけで、まだ大丈夫です。
今すぐ姥捨て山に登る予定ではないのです。

ワタシよりも、もっともっと、追い詰められて、
困窮状態の人があちこちに大勢いるでしょうけど。

なんか、いろいろコメント頂いて、ワタシもいろいろ考えさせていただいているので、
もう少し、ひきこもり論を追究してみましょう。

まず、「死」について考えるということは、
貧困層や、ひきこもりだけの問題ではない、ということです。

人間誰でも、生命に限りがあるので、
それを意識するかどうかの違いに過ぎないと思います。

自分がどんな最期を迎えたいか考えることは、
自分がどんな人生を過ごしたいか考えることと同じです。

国や社会が保障すべき最低限の権利まで、
「自己責任」という名の下、
個人に丸投げされている今日この頃。

なんとなく世間に褒められる生き方がしたいのか、
自分自身が納得できる生き方がしたいのか、
一人ひとりが選ぶ必要があるのではないでしょうか?

ひきこもりでも、ひきこもりでなくても、
のほほん、と生きてたら、
骨の髄まで搾取されて、生きる屍にされちゃうんです。

「自分探し」なんかしなくてもいいけれど、
癒しブームやスピ系にお金と時間を費やす必要は無いけれど、
一人ひとりが、「どんな風に生きたいか」考えることは大事だと思う。

ひきこもりだとか、働き人とか関係なく、
人間の命は限りがあるのだから。

生きるか死ぬかの極限状態にある人だけではなく、
みーんな、いずれ土に還るんです。

それなりに、頑張れば、定期収入の見込める仕事が得られて、
結婚して、家族を築いて、家を買って、年金もらって退職して、
孫の顔を拝んでから死んでいく。そんな世の中じゃないですからね、今。

自分の命には限りがある。
そのことをもう少し意識してもいいんじゃないでしょうか。

自然に哲学者になって、
自然に死と向かい合えるようになり、
自然と毎日感謝して過ごせるようになる、
なんか危ない宗教チックな面もあるかも?

ひきこもり、万歳。

ひきこもりが理想になる日?

閑古鳥が鳴いているはずの、当ひきこもりブログが
最近なんか騒がしい?と思ってたら、
どうやら別のブログで紹介してもらったらしい。

ひきこもり擁護論なんて、叩かれるに決まってるでしょうに、
物好きな人もいるもんだ、と他人事のように傍観していたら、
思ったよりも、ひきこもりに寛容な人がいるようで、
このブログにも応援メッセージのようなものを頂いてしまいました。

バッシングの対象であるはずの、ひきこもり的生き方に
共感を持ってしまう人が増えているということは、
それだけ社会が病んでいるということなんでしょう。
本当にギリギリの生活を強いられている人が多いということなのだと思います。

女子高生が選ぶ憧れの職業に「キャバ嬢」が入るような今日この頃。
もう、何が起きてもおかしくない、そう思いませんか?

なんか、アチコチで、ひきこもり的生き方を推奨しているような、
そんな有り得ない錯覚を起こすことも度々あるし。

いろんなコトを、いろんな視点から検討していくと、
最終的に何とか実現可能な、妥協案を探っていくと、
ひきこもり的生き方にたどり着く、そんな感じ。

積極的に誰もが望んで選ぶ策ではないかもしれない。
でも、どーしても受け入れられないことを避けていくと、
ひきこもり的生き方しか、残らない、そんな感じ。

ひきこもりに対する理解者が増えるのは、
ワタシ個人としては有難いけれど、
社会全体としてはどうなんだろう?

ひきこもりこそが理想の生き方だ、なんて思われるようになったり、
諸事情が許せば、今すぐにでも、ひきこもりになりたい人が、
大勢いるかもしれないなんて。

異常でしょう?歪んでるでしょう?

ひきこもり当事者のワタシが言う事じゃないかもしれないけれど、
子供たちが描く将来の夢は「ひきこもりになること」
そんな社会は絶対におかしい。

社会的認知度が高まることを素直に喜べなくてゴメンなさい。
天邪鬼なひきこもり、万歳!

ひきこもりになる覚悟

ワタシが、ひきこもりになることを決めた時、
もう、自分が死ぬか、相手を殺すか、ってトコまで追い詰められてました。
失うモノなんて、何もなかったし、
守りたい大切なモノなんて、何もなかった。

ただ、とことん、ぶっ壊れて、破滅するより、
最後くらいは、静かに生を全うしたい、そう思っただけ。

貯金が尽きて、ライフラインが閉ざされて、食べる物もなくなって、
餓死するその日まで、穏やかに隠居生活を送りたい、そう思っただけ。

ワタシは、もう元のいわゆる「フツー」の生活に戻る気は全くないので、
貯金が尽きたら、それで終りのつもりでいます。
生活保護もらって働き人に戻る努力をすることはないでしょう。

そういう覚悟で、ひきこもりになったんだけど、
いざひきこもり生活を始めてみると、思った以上に快適で、
シンプル・ミニマムに徹したら、現金も最低限しか必要ないことがわかって、
しかも、これまでの人生で一番健康かつ元気になっちゃったんですよね。

極端な話、今、生き辛さを感じている人、
みんな「ひきこもりになっちゃえ」って思うくらい。

まあ、それなりの覚悟が必要なので、そこまで追い詰められてない人は、
そのまま、現状の生活の中で幸せを見つける方が簡単だと思いますけどね。

誰にでもすすめられる訳じゃないけれど、
犯罪を犯すとか、自殺する、とかの前に、
「ひきこもりになる」という選択肢を検討してみても
別に悪くないんじゃないかなと思う。

最後の最後、一歩手前の選択肢。
ひきこもり、万歳!

ひきこもりになる人も、ならない人も、なれない人も・・・


ひきこもりライフ、快適です。

ひきこもりとして生きていられる自分は
非常に恵まれていると思います。

でも、ひきこもりにならない人や、なれない人も、
それはそれで、悪くない人生を送っているんじゃないかな、と思うんです。

いろんな嫌なことがあって、カツカツの生活で、
ストレス溜まって、疲れも溜まって、
「あー、いっそ、ひきこもりたい!」って思っても、
実際に行動に移さない人、移せない人って、
それはそれで恵まれているんじゃないですか?

だって、そこまで追い詰められてないってことでしょう?

まだ、失いたくないモノがあるんでしょう?
守りたい大切なモノがあるんでしょう?
いわゆる「フツー」の生活に未練があるんでしょう?

今の状態を続けるエネルギーがまだ残っていて
ひょっとしたら、ちょっとはマシになるかも、っていう
希望的観測が持てるから、しがみついてるんでしょう?

「ひきこもったら、食べ物も買えなくて死ぬしかない。」
って、必死で働いている人は、「自分の命」が大事なんでしょう?
ひきこもって餓死するよりは、マシだと思えるから、働いているんでしょう?

「ひきこもりになったら、家族が悲しむ。」って人は、
悲しませたくないくらい、大切な家族がいるんでしょう?
自分を犠牲にしてでも守りたいモノがあるって幸せなんじゃないですか?

どれだけギリギリでも、ひきこもりにならずに済んでいるってことは、
それなりに、素晴らしい人生なんだと思います。

ひきこもりになる人も、ならない人も、なれない人も、
考え方次第で、それなりに幸せな人生を送れるんじゃないですか?

「それなりに」ですけどね。

そこそこ、でいいじゃないですか。
ほどほど、で十分じゃないですか。
ぼちぼち、のんびり生きましょうよ。

それなりに幸せな、
ひきこもり、万歳!

なぜ、ひきこもりはラクなのか。


9月になりましたね。
相変わらず、世界各地でいろいろと不吉な兆候が出ているようですが、
ワタシは、元気です。

まだ、ちょこちょこ切り崩している貯金が残っているので、
相変わらず、心安らかな毎日を送らせていただいております。
本当に、有難いことです。

今日は、なぜ、ひきこもり生活がこんなに穏やかで快適なのか、
考えてみました。

一番、簡潔な答えは、
「何にも執着していないから」

お金や、人間関係や、社会的成功や、自分の命ですら、
もはや、どーでもいいんですよね。

どーでもいいことの為に、無理したり、頑張ったりしないので、
かなり楽になりました。

本当は欲しくないモノ、実際には必要のないモノをを手に入れるために
なんであんなに必死になってたのか、今では不思議に思います。

自分がどれほど、無駄なモノやヒトや価値観に捕らわれまくっていたことか。
改めて考えると、それこそ笑い話のレベルです。

シンプル・ミニマム、本当にささやかで、質素な暮らしだけれど、
今のひきこもり生活に満足してるし、
明日死んでも全く後悔しないです。

ひきこもり、万歳!
プロフィール

KIKI

Author:KIKI
今、必要なのは、情報に流されず、変化を恐れない「強かさ」と「しなやかさ」。シンプル・ミニマム志向で、消費の縮小と健康の維持に取り組む「ひきこもり」のブログ。(コメントは有難く読ませていただいていますが、現在お返事をする余裕がありません。何卒ご了承ください。)

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