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迷いを捨てる。

これまでは、ただ、生き延びればいい、そう思っていた。
ただ、生きていればいい、そう信じていた。

でも、どうもそれでは十分じゃないらしい。

何のために生きるのか。
何のために生まれてきたのか。

いかに生き延びるかではなく、
いかに生きるかを、一人ひとりが考えなければならないようだ。

食べ物や持ち物だけじゃなく、人生だって「量より質」。
どんなに長く生きたって、中身が空っぽだったら意味がない。

もうジタバタするのは、やめようと思う。

何を準備すれば、最悪の事態を避けられるか。
どこへ逃げれば、危険から逃れられるか。
何を食べれば、健康を害さなくて済むのか。

そんな事ばかり考えてても前には進めないから。

きっともう世界中どこを探しても100%安全な場所なんてない気がするから。
ココロが不安なうちは、どれだけ何を買い占めても安心できないだろうから。

最低限の備えをして、自分に出来る限りの予防策を講じたら、
あとは「今」を精一杯生きるだけ。

今、この瞬間に世界が終っても後悔しないよう生きたい。

絶望したり、自暴自棄になったり、「どうせ」と言い訳して
自分の良心を裏切るような真似をしていても仕方ない。

家族を愛する。
一生懸命働く。
ボランティアをする。
自然を大切にする。
・・・何でもいいけど。

自分が、「ココ」と決めた場所で、
自分が、「コレ」と決めたことに全力を尽くす。
もう、それしかないと思う。

そして、一度決断したら、何があっても動じない。

自分の無力さを嘆くのも、
情報に踊らされるのも、
現実を見てみぬフリをするのもやめる。

ワタシは、もう、逃げない。

肝を据えよ、ニッポン!

ひきこもり、万歳。
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変化を恐れない。

「生き方を変える」って、簡単じゃないです。

ワタシも、「働き人」から「ひきこもり」になった時、
細かい事にいちいち戸惑ったし、今後、もし、どうしても
ひきこもり生活を止めなくてはいけなくなったら、きっと
ものすごく困ると思います。

これまでの生活のやり方を、ただ続けるだけなら、手順も
わかっているし、何も考えなくても無意識にできる。

だけど、生き方を変えようと思ったら、また一から学びなおさなくちゃ
いけないことがたくさんあって、いちいち悩んだり、調べたり、
とっても面倒くさいことの繰り返し。

遠回りしたことや、失敗したこと、いろんな経験を積んで今に至ったわけ
だけれど、これまで信じていたことを否定するのって、何か自分の人生
そのものが無駄だったような気もしてしまう。

変化を恐れ、自分が変わるのを頑なに拒否し続けてるヒトからは
キ○ガイ扱いされるだろうし、家族や友人、同僚や知人など、周囲の人たちの
中で、変わろうとしているのは自分ひとりだけかもしれない。

でも、もう一刻の猶予もないところまで追い詰められちゃってる
と思います。

「変わるの嫌だなあ」とか、「このままでいいじゃん」なんて、
悠長なこと言ってられる段階ではないみたいです。

今、変わらないと、取り返しのつかないことになっちゃう気がします。

何かおかしい。
このままじゃ、いけない。
そう感じつつも、多くのヒトは、これまで通りの価値観で、
フツーと言われる生き方をしてきました。

でも、そんな中途半端な状態は、もう終りにしなければ。

もうこれ以上、問題を先送りにすることはできない。

変化の時が、来た。

ワタシ達一人ひとりが、自分の生活や、考え方や、生き方を
変えなければ。

だって、世界はもう変わり始めているのだから。

これまでは、何となく流されていても生きていけたかもしれないけれど、
今度の変化は、多分、これまでとは規模も違うし、意味も違う。
ついていけなければ、きっと、取り残されてしまうでしょう。

何かちょっとスピ系はいっちゃってますが、
とりあえず、「変わらなきゃいけない」って思う、今日この頃。

動き出した世界に置いていかれないように、
ワタシも「今、自分に出来ること」を、始めます。

臆するな、ニッポン!

ひきこもり、万歳。

どこに「戻る」か。

まだまだ、不安定な状況が続いています。

出口の見えない長い長いトンネルの中にいるみたいですが、
このトンネルは一体どこに続いているんでしょう?

「復興」なんて語るのは時期尚早かもしれません。
気分を悪くする人がいたら、ごめんなさい。

でも、どこを向いているのか、全くわからない状態で動くより、
目的地を意識して走る方が少しはラクなんじゃないかなと思うので
書いちゃいます。

阪神大震災の時、「復興」という言葉は、震災以前の生活に戻ること
を意味していました。

今回に比べれば規模も小さかったし、被災地も限定されていて、
すぐ近くに「いつも通りの生活」を続けている人たちが大勢いたからかも
しれません。

とにかく、前と同じレベルの生活を取り戻すために、みんな必死で
復興に励んだわけです。

しかし、今度の地震では、津波の被害が広範囲にわたっているし、
被災者数だって桁違い、原発の危険性もあります。

そして、何故だかわからないけれど、物資の輸送が滞って、スーパーの
食品棚がスッカラカンになったり、乾電池や懐中電灯が手に入らなく
なったりもしました。今は「水」が売り切れ続出です。

多種多様な情報が、ネットやツイッターを通じて、飛び交っていますが、
原発が安全なのかどうなのか、結局はっきりしないし、十分な議論も説明も
されないまま、節電を強いられている地域もあります。

つまり、今回の地震では、被災者はもちろん、被災していないヒトも、
直接的であれ間接的であれ、何らかの影響を受けていると言えるでしょう。

だから、きっと、例え状況が落ち着いても、もう二度と前と同じ場所には
戻れないというヒトが、たくさんいるような気がするのです。

今回の「復興」は、多分、馬鹿みたいに資源を浪費し、必要でもないモノに
囲まれ、ゼータクすることが幸せだと勘違いし、大量生産・大量消費・
大量廃棄の悪循環を繰り返す生活を取り戻すことではありません。

次の目的地の呼び方は、循環型社会でも、持続可能な生き方でも、ロハスでも
自然との共存でも、江戸型リサイクル社会でも、縄文的生活でも、
エコライフでも、健康生活でも、ひきこもり的生き方でも、
なんでもいいけれど、要するに、資本主義的じゃない生き方になると思います。

ワタシ自身も含め、阪神大震災の被災者の多くは、何とか元通りの生活を
送れるようになった時、当たり前の日常の有難さも、命の大切さも忘れて
しまったかのように暮らすことを無意識に選択しました。

しかし今度は、もっと大きな気づきを、多くのヒトに与えるのではないか、
今度こそ、何かが変わるのではないか、そんな予感がしています。
もちろん、全員というわけにはいかないでしょうけど。

まあ、あくまでも「ひきこもり」の戯言ですから、
軽~く聞き流しちゃってください。

今後どうなるかなんて全くわからない。
でも、ちょっとだけ希望的観測を書いてみたくなった。
ただ、それだけなんです。

生まれ変われ、ニッポン!

ひきこもり、万歳。

「通常営業」に戻る時。

2011年3月11日。世界中が日本に注目しました。

連日連夜、地震や津波、原発関連の報道が世界中で流れましたが、
地震発生から10日、海外のトップニュースは日本からリビアに移りました。

テレビやラジオでも徐々に通常の番組が放送されるようになり、ブログでも
地震以外の話題が取り上げられるようになっています。

少しずつ「日常」に戻りつつあるという印象ですが、今も被災地には、
寒さや空腹と戦っているヒトがいるし、原発が危険な状態であることに
変わりはありません。

だから、終息宣言を出すのは、早すぎると思います。

大丈夫なのか、危険なのか、よくわからないギリギリの所で、
緊張状態を長引かせて、みんなが疲れて油断した頃合いを見計らって、
いざ本番・・・という最悪のシナリオだって絶対にない、とは言えません。

しかし、ずっと、緊張しっぱなしの警戒態勢でいることは、
精神的にも、体力的にも、キツイです。

ワタシも、地震発生以来、できる限り情報を集めようと毎日PCに張り付いて
いました。ネットに接続しっぱなしの日々をしばらく続けていると、そのうち、
他の事が何も手につかなくなって、ちゃんと眠れなくなって、だんだん、
何もかもどーでもよくなってきて、このままではヤバイな、と感じ始めました。

ここ数年、健康的で穏やかな、ひきこもり生活を送ってきたので、すっかり
忘れていましたが、ワタシは、もともとストレスに強い方ではありません。
むしろ、すぐ胃が痛くなるタイプです。

本格的にバーンアウトしてしまう前に、何とかしなきゃ、と思っていても、
すぐに、何事もなかったかのように、これまでの日常に戻れるはずもなく、
しばらく悩んでました。

実際、いつから「通常営業」に戻るかということは、非常にデリケートな
問題です。

切り替えが早すぎると、被災者の方々に申し訳ないし、不謹慎に思われる
かもしれない。でも、ずっと震災と原発のことだけを考えて生きるわけ
にもいかない。

阪神大震災の時、それまでは震災のことが報道のメインだったのに、
3月に地下鉄サリン事件が起こり、人々の注意と関心がオウムに移って、
とても複雑な気分になったのを覚えています。

そろそろパニックが落ち着いてきて、ショックからも立ち直り始め、
さあ復興頑張らなきゃ、という頃で、本当に大変なのは「これから」という
感じだったので、何か見捨てられたような気がしました。

だから、ニュースで取り上げられなくなっても、被災者にとっては、
それで「終り」じゃないのを、よくわかってるつもりです。

でも、当事者でもない自分が、何もかもほっぽり出して、いつまでも
日常を疎かにしたまま立ち止まっていても仕方ない。

正直、現地にいない人間が被災地のために出来ることは限られています。

ワタシが、この未曾有の危機にとらわれ続けた所で、誰かが救われるわけ
ではないのです。

もちろん、被災地で苦労しているヒトが大勢いることを忘れるつもりも、
支援や復興が手抜きにならないための見張りを止めるつもりもありません。

ただ、今回、直接被害に遭ったわけではないワタシは、自分に許された
平穏な日常に感謝しつつ、「今、自分ができること」に全力を尽くしながら、
これまで以上に毎日を丁寧に、一生懸命生きなければならないと思うのです。

挫けるな、ニッポン!

ひきこもり、万歳。

「責任」恐怖症。

最近、ネット上の情報が「不安を煽ってる」と非難されることがあるようですが、
事実を書いてるだけのブログを読んで、不安になっちゃうヒトがいるのって
一体何なんでしょう?

世の中、そんなに「不安」アレルギーの人が多いんですか?

確かに、むやみやたらに怖がらせるような記事や、「もう終わりだ」とか
絶望させるような記事はどうかと思います。

だけど、マスゴミや政腐、盗電の対応に疑問を呈したり、最悪の事態に
備えて覚悟しましょうと提案をしているだけのブログが炎上するのって、
何かおかしくありませんか?

これが噂の「工作員」ってヤツでしょうか?

ワタシは、お金をもらって妨害しているプロだけではなく、
ちょっと「責任」恐怖症なだけのフツーのヒトも結構大勢いると思います。

「責任」恐怖症なんて医学的に認められているのかどうか知りませんけど、
とりあえず、ワタシがネットで観察した「責任」恐怖症のヒトの特徴を
まとめてみました。

***********************************

自分の頭で考えることができない。

自分で判断することができない。

一番耳障りのいい言論だけ信じていたいので、
それ以外の耳障りな言論は完全拒否。

議論なんて混乱するだけだから、反対意見を
述べたりするヒトに対して敵意を感る。

自分のことだけで精一杯なので、他人のことまで
構ってられない。

自分の今の生活を守りたいので、それを危くするような
真実は絶対に知りたくない。

本当のことを知ってしまうと、今の居心地の良い生活が
壊れてしまうと本能的に察しているので、自分に都合の悪い事は、
見たくないし、聞きたくないし、信じたくない。

現実に直面する勇気も覚悟もないので、
自分に無理やり現実を知らしめようとするヒトを、
誹謗中傷したり「攻撃」することもある。

***********************************


なんか、ものすごく厄介な存在のように見えますが、
ワタシは、別に「責任」恐怖症のヒトを責めるつもりはありません。

この数年、なんでもかんでも「自己責任」で片付けられ、
自分の判断で動いたり、自分の頭で考えるヒトが、周りから叩かれ、
排除されてます。

日々そんな様子を目の当たりにすれば、「責任」なんて怖くて持てない、
自分が責任を問われるような事態はできるだけ避けたいって思うヒトが
増えるのは当然のことだと思うからです。

つまり、「責任」恐怖症というのは、行き過ぎた「自己責任論」の弊害です。

でも、気づいて欲しいと思います。
「責任」からは逃げられても、「結果」からは決して逃げられない、
ということを。

仮に、政府の「大丈夫」という発表を信じて、避難せず、何の対策もしなかった
ヒトが被曝したとします。

そのヒトには何の責任もないかもしれませんが、「被曝」という結果は
受け入れなければなりません。

自分の望まない結果を押し付けられたとき、「責任」恐怖症のヒトは
何を思うのでしょう?

とりあえず、自分が悪いわけじゃない、と納得できるのでしょうか?

自分の責任で、あらかじめ避難していたヒトを責めたりはしないですよね?

必要以上に「責任」を怖がったせいで、被害に遭うなんて、馬鹿らしいと
思うかもしれませんが、最悪の事態が起こってから気づいても、遅すぎます。

備えあれば、憂いなし。用心するに越したことはない。
そんな言葉もあるじゃないですか。

いずれにしろ、善意で、警告を発しているブロガーを、人々の不安を煽って
楽しんでいる愉快犯のように扱うのは大きな間違いだと思います。

マスゴミの報道や、政腐や盗電の発表、個人ブログ、ツイッターなど、
何を信じるかは、一人ひとりが、自分の責任で判断するべきです。

最も優れた戦法というのは、敵が勝手に自滅するように仕向けることだ。
と、どこかで読んだことがあります。

ワタシ達は、自分でも意識しないうちに「同士討ち」をさせられている
のかもしれません。でも、今は仲間割れしている場合じゃない。

これからは、今まで以上に、個人レベルで助け合い、支えあうことが
必要になってくると思います。

多種多様な情報に惑わされることなく、自分の良心に基づいて、
自分にできることをしましょう。

騙されるな、ニッポン!


追記
「そんな余計な分析してる場合じゃないだろう。」と、この記事を読んで
気分を害した方がおられたら、申し訳ありません。先に謝っておきます。
悪意があるわけではないので、どうぞご理解ください。

被災地への支援。

とりあえず今、ぬくぬくと平穏な日常を送れているヒトは、
被災地の様子に心を痛めていることと思います。

そして、手当たり次第、何でも買い占めるのではなく、
被災地の為に、自分ができることを考え、募金をしたり、
物資を送ろうとしていることでしょう。

ちなみにワタシは、募金をするよりも、各自治体、ボランティア団体が救援物資を
受け付けている時に、その団体が必要としている「モノ」を送りたいと思います。

阪神大震災の時、ワタシは、義援金に助けられたという実感がないからです。
きっと間接的には恩恵を受けていると思うのですが、よくわかりません。

義援金というのは、被災者に直接「現金」として配られないし、
大部分がその団体の運営や人件費に使われたりして、
必ずしも被災者の支援につながらないこともあるようです。

あくまでも、ワタシの個人的意見ですが、特に、すべてのモノが十分ではない
初期の段階では、お金よりも物資の方が、確実に被災者に届くような気がします。

もちろん、この団体なら信用できるという募金先があるヒトや、
何が、いつ、どこで必要なのかわからないから、お金を送るのが一番だと思うヒト、
被災者の為に集められた義援金を悪用されるわけないと信じているヒトは、
募金すればいいと思います。

多分、お金も物資も、両方必要でしょうから。

いずれにしろ、本当に難しいのは、義援金や救援物資を集めることではありません。

集まった物資を被災地に届けて、それを必要としている被災者に配ること。
集まったお金を被災者と被災地の復興の為に、いかに有意義に使うか決めること。

ボランティアや慈善事業に関わったことがあるヒトなら知っていると思いますが、
集めた「後」の方がよっぽど大変なんです。

任意団体や業者に丸投げすればいいってもんじゃありません。

何もしないよりは、何かする方が、マシなのかもしれませんが、支援する側には、
自分の善意でした支援が、ちゃんと誰かの役に立っているのか、
きちんと最後まで確かめる責任がある、とワタシは思います。

そして、現時点で一番問題なのは、被災地へのアクセスが確保されておらず、
「カネ」も「モノ」も、何にも現地に届いてないことです。

ほとんど被害を受けてないはずの道路が、なぜ通行止めなのか?
なぜ救援物資を運ぶためのトラックに優先的に石油を確保できないのか?
空路や海路は使えないのか?

政府や自衛隊の対応にもっと注意を払い、関心を持つべきです。

原発も確かに大変だけれど、被災地の人たちを見殺しにはしてはいけない。
恐怖や不安で極限状態にある人たちを、孤立させてはいけない。
支援が行き届いていないがために、避難所で亡くなる人をこれ以上増やしてはいけない。

動き出せ、ニッポン!

本当の被災者を、忘れない。

関西出身のワタシは、避難所で毛布に包まったり、給水車に並んでいる人たちの
映像を見ると、阪神大震災のことを思い出します。

あの時は、余計なことばっかり考えてました。

ちょっと離れた所ではフツーの生活が続いていることを恨んだり。
いざという時に何の役にも立たない行政に憤ったり。

何で、自分がこんな目に遭わなきゃいけないんだろう、とか。
何か、罰当たりなことでもしただろうか、とか。

何で自分だけ生きてるんだろう、とか。
自分よりもっと生きる価値のあるヒトがいたんじゃないか、とか。

何もかも失って、もうお先真っ暗だ、とか。
もう、生きてても仕方ない、とか。

本当に、いろいろ、答えの出ないことばかり考えてました。

でも、今もワタシはココにいて、それなりに幸せだと思える人生を送っています。

今回の被災者、特に津波の被害に遭った人たちは、阪神大震災の時よりも
辛い思いをしていることでしょう。

行政は、被災地の救済より原発の問題を優先させているように見えるし、
メディアでは、東京の人たちの不便さや不安さばかりが強調されていて、
被災者の方達は、見捨てられたような気分でおられるかもしれません。

でも、ワタシは忘れてませんから。

家族や友人や、家や仕事や、何もかもを失い、それでも必死で生きようと
している人たちがいることを、ワタシはちゃんと知ってますから。

だから、どうか、絶望したり、自棄になったりせず、
心を強く持っていて下さい。

「生きてて良かった。」
被災者自身ができることは、そう信じることだけです。

それ以外のことは、被災地域外の我々が考えますから。

今、何をすべきか。
誰が、どう動くべきか。

一生懸命考えて、できることをしますから。

とりあえず、被災地のみなさんは、生き延びて下さい。

負けるな、ニッポン!

何を、信じるか。

いろいろな情報が流れています。
嘘もあるだろうし、デマもあるだろうし、誇張もあるでしょう。
まさに玉石混交です。

政府の発表を信じるヒトは信じればいい。
マスゴミの流すニュースや新聞記事を信じるヒトは信じればいい。

自称「専門家」の見解を信じたければ信じればいいし、
どこかのカリスマブロガーが書いていることを信じたければ信じればいい。

ワタシは、できるだけ多様な情報を吟味した上で、
直感で選ぶけれど、それが必ずしも正解というわけじゃない。

ただね、自分が信じると決めたなら、結果に責任を持つべきだと思うんですよ。

何でもカンデモ誰かのせいにし続ける人生に果たして意味はあるのか?

とりあえず今は、目的不明の情報に振り回されるより、
自分が本当に必要としているモノが何なのかを冷静に判断する方が
大切なんじゃないかな、と思います。

誰がなんと言おうと、しないよりしておいた方がいいこともあるし、
自分の身を守ること、少しでも生き延びようとすること、
その為にできることがあるなら、すればいい。

目覚めよ、ニッポン!

日本人の「強さ」と「優しさ」。

どんどん悲惨な被害状況が明らかになっています。
亡くなられた方の数も増えているようです。
心からご冥福をお祈りします。

まるで悪夢か地獄絵を見せられている気分ですが、
それでもワタシは、希望を捨てないでいようと思います。

確かに、むやみに不安を煽ってるロクデナシもいるし、
この状況を利用してお金を儲けようとしているヒトデナシもいる。

そもそも誰かが何らかの目的の為に計画的に起こした人工地震の
可能性だってある。

それでも多くの善良なヒトたちは、最悪の状況でも暴徒化したり
せず、ちゃんと列を作って乗り物を待つし、きちんとお金を払って
必要な分だけの買い物をして、余った分は困っているヒトの為に
回そうとしているのです。

どんな時にも無法地帯にならない日本は、本当に素晴らしいです。

確かに流されやすいし、騙されやすい所もあるけれど、
それでも、ワタシは、日本人の良心と底力を信じてます。

イザという時には、他人を思いやれる日本人を誇りに思います。
みんなで助け合い、支え合い、生き延びましょう。

一人でも多くの命が助かりますように。
少しでも早く、ライフラインが復旧しますように。
「生きている」幸せを感じられますように。

踏ん張れ、ニッポン!

あわてず、さわがず、安全な場所に避難しましょう。


東北地方太平洋沖地震。
みなさま、ご無事でしょうか?

地震の時は、机やテーブルの下に隠れましょう。
揺れがおさまったら、火を消して、ガスの元栓を閉めましょう。

地震も怖いですが、津波はもっと怖いです。
海沿いにお住まいの方、避難できるなら避難してください。

一応、阪神淡路大震災の経験者として、当時役に立った物のリストを
作ってみました。ご参考までに。

ラジオ、懐中電灯、電池、
マッチ、ろうそく、アーミーナイフ、荷造り用ロープ、
軍手、手ぬぐい、風呂敷、ティッシュ、消毒液、マスク、
サランラップ、アルミホイル、ビニール袋、新聞紙、
下着、暖かくて動きやすい服、ニット帽、
レインコート、ガムテープ、セロハンテープ、紙とペン、

避難する時の格好は、スニーカーにズボン、温度調節できる重ね着ルックに、
リュックやヒップバッグが基本です。

地域の体育館などに避難する時は、スリッパとアイマスク、耳栓を
お忘れなく。

水や缶詰、レトルト食品、乾パンなどを買い込む人もいるかもしれませんが、
二、三日食べなくたって、すぐには死にませんから、あわてなくっても大丈夫です。

生きてさえいれば何とかなります。家やモノに執着して命を落とすのは、本末転倒です。

とにかく、最優先すべきは、安全の確保です。

これから、どんどん被害状況が明らかになってくると思いますが、
逃げられる人は、どうぞ避難してください。

助けが必要な人には、一刻も早く救助の手が届きますように。

被災地の方々に、心からお見舞い申し上げます。

優雅で快適な、ひきこもりライフを実現するための20の方法 その17 住み込みの仕事を探す。国内編

基本理念として、犯罪に手を染める、という方法と、貧困ビジネスを立ち上げる、という方法は、
論外とします。が、提案の中には、グレーゾーンというか、微妙だろ、というか、人間としてどうよ、
っていう方法も出てくるかもしれません。

その場合は、ケースバイケースということで、ご了承ください。

ちなみに、適当に考えた方法なので、一つ一つ吟味し、実験し、確認した訳ではなく、
実際に記事の方法を試した結果については、なにも保障できませんので、あしからず。

ひきこもりになるもならないも、決めるのは自分。

「この物語はフィクションです。実在する人物、団体、社会とは一切関係ありません。」
とでも書いておくことにしましょうかね。

続きを読む

キムチは、もう買わない。

ヨーグルトを食べなくなったので、乳酸菌を補給しようと思って、
キムチを作るようになりました。

参考にしたのは、ベジタリアン向けの精進キムチレシピ。

いえ、ワタシは別にベジではないんですが、
フツーのキムチレシピには、塩辛とかアミエビとか、
普段家に置いてない、高級そうな材料が必要なので、
面倒くさいなあ、と思って、精進キムチにしてみただけです。

ベジだと、フツーに家にある野菜や果物、調味料で作れちゃうので、ラクですよ。

ちなみに、ワタシが使ったのは、白菜、人参、大根、玉ねぎ、ニンニク、梨。
塩、砂糖、米粉、カレー用の唐辛子。

特に買い物に行かなくても、作れそうでしょ?

下漬けしたり、ソース(?)を作ったり、手間はかかるけど、
実は、拍子抜けするくらい簡単。

3日間くらい常温で発酵させたら出来上がり。
瓶に詰めて冷蔵庫で保存。

市販のキムチの素なんか要らない。
余計な添加物の入ってない、自家製の発酵食品。

スープにパスタにチヂミにサラダに・・・。
あると便利なベジキムチ。

とってもオススメです。

ますますヘルシーに、
穏やかで幸せな毎日を送る、
ひきこもり、万歳。

優雅で快適な、ひきこもりライフを実現するための20の方法。ちょっとブレイク。

公のセーフティーネットが機能していないなら、
その代わりになるようなものを、自分で見つけましょうというのが先月紹介した3つの方法。

優雅で快適な、ひきこもりライフを実現するための20の方法 その14 パトロンを見つける。
優雅で快適な、ひきこもりライフを実現するための20の方法 その15 ホームレスになる。
優雅で快適な、ひきこもりライフを実現するための20の方法 その16 出家する。

ホームレスとか、しゅーきょーとか。
極端かもしれないけれど、今の世の中が本当にギリギリの所にあるので、
こういう選択も一応考えておく必要があると思うんです。

ただ「生き延びる」ために。

ホームレスや出家なんて、全然「優雅」でも「快適」でもないじゃんって思いますか?
まあ、フツーはそう思うでしょうね。
確かに、お家でぬくぬくしてる「ひきこもり」のイメージじゃないかもしれない。

でも、そういうヒトは、きっと今の自分の生活が恵まれているんですよ。
前にも書きましたけど、お金がないから「ひきこもり」になれない、っていうヒトは、
それなりに幸せな生活を送っているはずなんです。
参照「ひきこもりになる人も、ならない人も、なれない人も・・・」

結局、比較の問題だと思うので。
つまり、自分の良心を裏切りながら、自分の健康を害しながら、自分の命を削りながら、
安い賃金でこき使われる社畜奴隷と、ホームレス。

どっちが「マシ」か、という話。

ワタシにとって、「ひきこもり」というのは、ただ部屋にこもっていることではありません。

できるだけ、資本主義や新自由主義から距離を置くこと。
できるだけ、洗脳社会や消費社会に巻き込まれずに生きること。

今、一般のヒトが考える、「フツーの生活」を送ろうと思えば、
どうしても、俗に言う闇の権力組織の陰謀に加担せざるを得ない。

ただ、自分の良心を守り、自分の正義を貫いて、人間らしく生きたいだけなのに、
社会のお荷物だと嫌な顔をされ、
負け犬だと後ろ指をさされ、
逃げてるだけだと批判される、今の世の中。

「すべてを失う」なんて状況、考えたくもないヒトが、ほとんどだろうけれど、
今後、何がどうなるか、全くわからない。

災害に遭うかもしれない。
戦争に巻き込まれるかもしれない。

家族も、仕事も、住む所も、食べる物も、なくなったら、
自分ならどうするか。

絶望して自殺するという選択がないわけではないけれど、
運命に逆らわず、餓死するという生き方(死に方)もアリかもしれないけれど。

少しでも長く、生き延びようと思うなら、
裸一貫になった時、自分には何か「売る」ものがあるかどうか、
ホームレスになって路上で生活できるかどうか、
出家する覚悟があるかどうか。
一度くらい考えてみるのも悪くないと思うんです。

まあ、多く場合、世間の目や常識から、なかなか抜け出せないし、
失いたくないモノが多すぎて、今すぐ答えを出せないでしょうが、
「ひきこもり」になるにしろ、ならないにしろ、これから生き延びるには、
それなりの「覚悟」がいるというお話でした。

昨年、ちょっとアウトドアやサバイバルが流行ってましたが、そのうち、
段ボールやブルーシートで寝床を確保したり、食べられる野草を
見分けるためのマニュアルが飛ぶように売れる日がくるかもしれない。

「備えあれば憂いなし」?
ひきこもり、万歳。

始めるなら、「食」から。

一月は「衣」生活について語り、二月は「食」生活を中心に記事を書いて
きました。衣・食とくれば、次は「住」。
もちろん、その予定なのですが、もう少し、「食」を続けようかなと思います。

なぜかというと、現代の働き人(はたらきびと)は「食」を
過小評価しすぎだと思うからです。

食べ物の話ばかりをしてると「卑しい」と思われるかもしれませんが、
食べ物の話をすることって、そんなに下品なことなんでしょうか?

一日の半分は食べることを考えてるか、食事の準備を
してるワタシは、人生を無駄に過ごしてるんでしょうか?

「食べることは生きること」ワタシはそう信じてます。

だから生きていけなくなることを
「食っていけない」って表現するんじゃないんですか?

もっと、真剣に自分が食べているモノを吟味すべきです。

とりあえず腹が膨れればいい、みたいに考えているヒトが多いから、
化学調味料や農薬たっぷりの毒食がフツーに売られてて、
TTPなんて馬鹿げた法案が出てきたりするんじゃないですか?

食生活を変えることって、実はそんなに難しいことじゃありません。
転職したり、田舎に引っ越したり、結婚したり離婚したりするより、
はるかに簡単です。

「ひきこもりの食改善」基本は3つ。

なるべく買わない。
なるべく食べない。
できるだけ手作り。

ただ、それだけ。

朝食を抜いてみたり、間食をやめてみたり、ファーストフードに行く回数を
減らしたり、コンビニ弁当を買うのをやめて家でおにぎりを作ったり。
ちょっとづつ変えていけばいいんじゃないですか?

そしたらそのうち、思ってもみなかったメリットを実感すると思います。

肌がきれいになったり、身軽になったり、クヨクヨしなくなったり、
健康になったり、節約もできる。

消費者として、超金儲け主義の外食産業や、グローバル資本の利益に
加担しているという罪悪感からも解放される。

いいコト尽くめですよ?

面倒くさがりで、根性なし、何をしても三日坊主のワタシが、
いまだにブログを続けているのは、食改善のおかげかもしれない。

ひきこもり、万歳。

ひきこもり革命論。

2011年。2ヶ月が過ぎました。

一発触発の中東情勢や、あまりにも不審過ぎるNZの地震を目の当たりにして、
もはや「無事に」という言葉を使ってはいけないような気がする今日この頃。

アッチコッチで、「革命」が叫ばれています。
多くの一般市民が立ち上がり、死傷者も出ているようです。

日本でも、デモやストが起こっていますが、
ワタシは、もし、日本で革命が起こるとしたら、
それは、今、中東で起こっているような形ではない気がします。

例えるなら、フランス革命みたいな血生臭い革命ではなく、
ガンジーの非暴力革命みたいなイメージでしょうか。

そして、日本で起こるかもしれない「革命」は、
デモや暴動など何かを「する」ことによってではなく、
これまで何となくしてきたことを「やめる」ことによって
成り立つんじゃないかな、と思うんです。

ワタシも含めて多くのヒトは、これまで、あまりにも多くのことを
何の疑問も持たず、無条件に、黙認し、容認してきました。

国民の為にならない政治や、嘘八百の洗脳メディア、
事実を教えない教育に、殺人医療など・・・。
数え上げればキリがありません。

ワタシは、へたれな平和主義の「ひきこもり」です。
争いごとは苦手だし、厄介事はできるだけ避けたいです。
だから、毎日の生活をシンプルに、ミニマムにする中で、
「戦わずに済む方法」を探していました。

でも今は、ちょっと考え方が変わりました。
これまで惰性で続けてきたことを「やめる」。
それもまた、一種の抵抗なのではないかと思うようになったからです。

ただ習慣で見ていたテレビを「やめる」。
何となく契約していた新聞を「やめる」。
病院に行くのを「やめる」。
添加物たっぷりの食品を食べるのを「やめる」。
無意味な石鹸やシャンプー、化粧品を使うのを「やめる」。

日常生活の、本当に些細なことなのだけれど、
要らないモノを使うのをやめて、余計なモノを買うのをやめて、
納得できないことを容認するのをやめるヒトが増えれば、
いつかは大きな動きにつながるかもしれない。

だからワタシは、これからも「アレ要らない」、
「コレ買わない」って言い続けようと思います。

革命を起すのに、暴力は要らない。

ひとりで、ひっそり戦う
ひきこもり、万歳。
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KIKI

Author:KIKI
今、必要なのは、情報に流されず、変化を恐れない「強かさ」と「しなやかさ」。シンプル・ミニマム志向で、消費の縮小と健康の維持に取り組む「ひきこもり」のブログ。(コメントは有難く読ませていただいていますが、現在お返事をする余裕がありません。何卒ご了承ください。)

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