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新しい社会の医療事情。

新しい社会ではね、人々は、これまでにないくらい、みんな健康なの。

原発事故の後、放射線物質が飛び散り、癌が増えると
言われていたけれど、結局そうはならなかった。

311をきっかけに、これまで他人任せにしていた医療や健康の問題を
みんなが自分の問題として考え、精一杯いろんな情報を集めて、
一人ひとりが自分の健康に責任を持つようになったんだよ。

だから、インチキ医療とか成立しなくなったし、
薬品ビジネスも淘汰された。

昔は唯一科学的であると政府お墨付きをもらっていた
西洋医学も、その他いろいろな民間療法も、今は全部同じ扱いなの。

人々は多種多様な「療法」の中から自分に合ったものを
選んで、それによって自分は健康になるんだという
確固たる意思と信念を持って生きてるの。

覚悟を決めちゃえば、ストレスは減るし、
積極的に生きるヒトが増えたからだろうね。
結果的に、健康なヒトばかりになったんだよ。

目茶目茶ヘルシー。
ひきこもりの妄想、万歳。

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成長期の「ひきこもり」。

ワタシが今、欲しいモノ、「あの頃」とは全然違う。
ワタシが今、目指すモノ、「あの頃」とは全然違う。
ワタシが今、知りたいコト、「あの頃」とは全然違う。

自分の欲望だけを純粋に追っかけてた「あの頃」が、
時々懐かしくなることもある。

でも、「あの頃」に戻りたいとは思わない。

ワタシが今、欲しいモノ、目指すモノ、知りたいコトは、
ワタシ「だけ」が幸せになれる方法じゃなくて、もっと多くの人と
幸せを分かち合うための方法なんだと気づいたから。

大人になるってことは、自分のことだけじゃなく、
周りの人の幸せを願えるようになること、なんじゃないかな。

ずっと一途に何かを求めてる人って、格好良く見えるけど、
自分の求めるモノが変化することだって、別に悪くないと思う。
いろんなことを経験して、考えて、成長してる証じゃない?

ぐらぐら揺れて、迷って、悩んで、ヒトはそうやって何かを学んで
いくんじゃないのかな。

多分、一生、成長期。
ひきこもり、万歳。

過剰な「美」の追求は、もう要らない。

「ダイエット」と「美容」。女性誌お得意のテーマです。

ワタシもね、昔は「美人さん」や「スタイルのいい人」に憧れてました。

化粧する必要ないくらい、目鼻立ちのくっきりした美人顔。
思わずみんなが振り向くくらい、長身スリムなモデル体型。

いつからだろう?
そんなのどーでもよくなったのは。
やっぱり「ひきこもり」になってから?

オンナ棄ててるって言われりゃそーなのかもしれない。
でも、本人としては、今の状態が心地良い。
コンプレックスの塊だったあの頃より、今の自分の方が好き。

もはや、絶世の美女になりたいなんて思わない。
超ナイスバディも別に要らない。

今、ワタシが欲しいのは、ストレスに負けない強い精神と、
放射能だって浄化できるくらい免疫力の高い身体。

少しでも痩せたくて、少しでも自分をキレイに見せたくて、
ダイエットと美容にありったけのお金と時間を注ぎ込んで、
一日中そればっかり考えてたあの頃のワタシは、一体どこに行ったんだろう?

ヒトって変わるもんなんだなあって、本当につくづく思う。

ひきこもり、万歳。

ダイエットは、もう要らない。

世の中には「いくら食べても太らないカラダ」になりたいヒトが大勢いるらしい。

ふーん。って感じ。

食べ物の安全性とか、食糧難とかの話を読んだ後に、ダイエットの広告を見ると、
本当にウンザリする。

今もまだ、ダイエットしてるヒトって、きっと物事の優先順序が
ワタシとは、かなり異なるんだろうと思う。

だってさ、そもそも何で、カラダに必要なエネルギー以上の量を食べたいの?
食べることに貴重なお金や時間を費やすことが、そんなに楽しい?

まあ、正直に白状すれば、ワタシも、いくら食べても太らなければいいのにって
思ってた時期あります。

だって、太ってるより痩せてる方がモテるし、可愛い服だって沢山あって、
おしゃれも楽しめるじゃない?

それに、なぜか、同じ仕事してても、太っているヒトより、痩せているヒトの方が
評価が高かったりするし。

ダイエットしていた理由は、それこそ山のようにあるけれど、そんなことは
もう、どーでもいい。

今は、太ってよーが痩せてよーが関係ない「ひきこもり」なんだから。

他人との接触を極限まで避けてみるとよくわかる。
所詮ダイエットなんて「自分のため」じゃなく「他人のため」なんだって。

他人の視線を気にしなくてもいい生活をしていると、
「いくら食べても太らないカラダ」なんか全く興味ないし、別に要らない。

ワタシが今欲しいのは、むしろ「全く食べなくたって健康でいられるカラダ」。

無食が無謀なら、せめて「一日に青汁一杯と玄米一膳で元気で生きられるカラダ」に
なりたい。

ヒトの願望って変わるのね。

どんどん世間一般のジョーシキから掛け離れていく、
ひきこもり、万歳。

新しい社会のエネルギー事情。

新しい社会ではね、エネルギーは循環型なの。

原発の事故が起こってね、人類はいろんなことに気づいたの。

自分たちがいかに危険と隣り合わせに生きているかということ。
自分たちがいかにエネルギーを無駄に消費しているかということ。
再生可能なエネルギーを活用する技術はすでにあるのに、それを生かす
工夫をしてこなかったということに。

だからね、みんな変わり始めたの。
小さなことから大きなことまで。

新しい社会ではね、エネルギーは無料なの。
だから利権とか発生しないの。

車も水で動くしね。藻から石油も作れるしね。
太陽光や太陽熱も最大限に活用されてるしね。
水力、風力、波力、地熱、ありとあらゆる自然の力で人間は生活してるの。

自然エネルギーで生きていくために、人々は3つの努力をしたの。

一つは、脱原発。原発に依存するのをやめたの。
二つ目は、省エネ。必要のないモノにエネルギーを費やすのをやめたの。
三つ目は、自然エネルギーの普及。

循環型のエネルギーを本格的に導入するまで、いろいろ混乱もあった。

でもね、人々は、もう「原発は要らない」って固く心に決めて、
必要最低限のエネルギーだけで生きることを選んだの。

一度、エネルギーを無制限に使う便利さを知ってしまったら、
もう後戻りは出来ないって言う人もいたけど、そんなのはただの詭弁。

だってね、多少不便でも、自然エネルギーで生きる循環型社会の方が、
精神的にはよっぽど豊かだし、幸せな人が多いんだもの。

石油利権、原発利権バリバリの、大量生産、大量消費、大量廃棄社会なんて、
本当に、ただの幻想でしかなかったってことだよね。

エンジン全開。
ひきこもりの妄想、万歳。

「妄想」が「現実」になる時。

ワタシは、別に「予言者」じゃないです。
社会の片隅に隠れて、ひっそりと様子を伺ってるだけの「ひきこもり」です。

でも、3月11日以降、時々自分が怖くなることがあります。

こんなこと言うと、後出しジャンケンみたいになっちゃいますが、
ワタシ、実は今回のコト、あんまり驚いてないんですよね。

被害の大きさに衝撃は受けてますが、全くの想定外でビックリしたって
わけじゃない。

もう、随分前から「ヤバイなあ」って思ってましたから。

ありとあらゆる分野で、二進も三進も行かない所まで来てたし、
限界なんてとっくに過ぎてたし、もう、いつ何が起こっても
不思議じゃない気がしてました。

だから、普通のメディアで流れる情報より、いわゆる「キ○ガイ」さんたちの
ブログの方が納得できることが多いんだと思います。

俗に言う「スピ系」とか「陰謀論系」を、ある程度カジってる人の中には、
驚くよりも「やっぱり・・・」って思った人が結構いるんじゃないでしょうか。
「とうとう、始まっちゃったなあ」って。

これまでただの「妄想」だと思われていたことが、
だんだん「現実」になってきている気がする、今日この頃。

今が、本当に歴史的転換期で、新しい社会を作る時に生きているのなら、
不謹慎かもしれないし、とてもそんな気分になれないかもしれないけれど、
暗く塞ぎ込むより、もっと別にすべきことがあるはずです。

ワタシ、ひきこもりの「特技」の一つは、妄想することだと思ってます。
ただ単に働き人より自由になる時間があるからですけど、常にいろいろ考えてます。

だから、どうせなら、新しい時代、新しい社会、新しい生き方について、
できるだけ明るく楽しい妄想をすることにしました。

ブログにも、ちょこちょこ綴っていこうと思って、
新しく「ひきこもりの妄想」というカテゴリーを作ってみました。
どうぞ宜しくお願いします。

ひきこもり、万歳。

「長期戦」への心構え。

14日は何とか無事に過ぎましたね。

太陽の黒点が増えた後も要注意らしいし、
あと危ないのは6月と9月でしたっけ?

まあ、「油断大敵」気を緩めるなってことですね。

ネット上では、3月の地震は「終り」の「始まり」でしかなく、
続きがあるという見方が多いようです。

確かに、地震が起こらなかったとしても、富士山が噴火するかもしれないし、
原発が爆発するかもしれない。

「ゴール」にたどり着くのは、まだまだ先になるでしょう。

ただ、「終り」の見えない戦いって必要以上に疲れるんですよね。

一段落したら、次のステップに進んで、復興に向けて行動し始めることも
できないし。

知ることは大事。防災意識を持つことも大事。備えることも大事。
でも、情報に振り回されてるだけじゃ、体力的にも精神的にも、
日々消耗していくだけ。

ワタシも含めて、「これからどうなるのか」という問題に囚われすぎて、
「今、何をするのか」という視点を忘れ、その場に立ち竦んで
しまっているヒトが多いような気がします。

今の段階で、「終り」は全く見えないけれど、「長期戦」になることだけは
確かなんだから、もう覚悟を決めるしかない。

原発事故の危険性がなくなったとしても、放射能物質はすでに至る所に
散りばめられてるし、日本が地震大国であることに変わりはない。

地震の起こる国で、火山のある場所で、原発の近くで、生きるのは危険だ、
ってことくらい、わかっていたことでしょう?

っていうか、もはやこの地球上で100%安全な場所なんてない。

望んでも、望まなくても、もう、この先ずっと
「危険」や「不安」と共に生きるしかないんです。

これまでだって、「ウソ」や「陰謀」、「農薬」や「添加物」
「インチキ医療」や「人工ウィルス」と共に生きてきたじゃないですか。

それに「放射能物質」や「太陽磁気」が加わっただけ。

見たくないし、聞きたくないし、知りたくないし、関わりたくないモノと、
共に生きることが、神の采配なのか、宇宙の真理なのか、ワタシにはわからない。

でも、それら「厄介モノ」が、避けるべきモノではなく、
共に生きるべき、自分の一部なのだと思えるようになったら、
この先の見えない長期戦も、ちょっとはラクに流せるような気がしてきませんか?

「運命」なんて言葉は、胡散臭くて好きじゃないけど、
この大変動を生き抜くことが自分の「運命」なんだと思って、
現実を受け入れて、困難と向かい合うことができるなら、
それもいいんじゃないですか?

逃げても、避けても、見てみないフリをしても無駄。

少しずつ、少しずつ、自分の生活と考え方を変えながら、
毎日淡々と生きていく。

ひきこもり、万歳。

緊急!?でも「ほどほどに」。

本日2011年4月14日は、「危険日」なんだそうです。
アチコチで警報が出ています。
ワタシも、何となく嫌な胸騒ぎがします。

と、言っても、別に普段通りなんですけどね。

「いざ」という時のためにできることは、もうすでに
備えてるし。

危機感を持つとか、防災意識を高めるっていうのは大切だと思います。
でも、どれだけ準備しても「完璧」にはならないわけです。

「過ぎたるは及ばざるが如し」
そういうことわざ、ありますね。

「食べ過ぎ」も「持ち過ぎ」も「考え過ぎ」も、
「備え過ぎ」も、きっと、良くないと思うんですよ。

ある程度の所で「これで十分。」
そう思えないと、しんどいですよ。

非常食や防災グッズだって、ナンでもカンでも沢山集めればいいって
ものじゃない。

一人暮らしなのか、家族がいるのか。
乳幼児や老人がいるのか、成人だけなのか。
都会に住んでいるのか、田舎に住んでいるのか。
住んでいる所は木造なのか鉄筋なのか。
原発が近くにあるのかないのか。
保存食などを買いだめするスペースが家にあるのか。
働いているのかいないのか。
貯金があるのかないのか。

いろんな要素が関わってくることでしょう。

つまり、ただ「防災意識を高める」と言っても、
実際に何をするのかという具体的な行動は、人によって違うはず。

自分の生活や人生に相応な、身の丈にあった、自分なりの行動を
考えるべきだと思います。

日本が危ないからと言って、誰もが海外に避難できるわけじゃない。

被曝の危険性があるからと言って、誰もが核シェルターに住めるわけじゃない。

水から放射能物質が検出されたからと言って、誰もが何百、何千リットルもの
ペットボトルを死ぬまで買い続けることができるわけじゃない。

食べ物が安全じゃないかもしれないからと言って、誰もが一生分の食料を
買いだめできるわけじゃない。

自分が本当に必要なモノと、そうでないモノを見分けられるようにならなければ。

現実を正しく認識し、避けられるモノは避ける。
受け入れなければいけないことは受け入れる。

極端に不安がるわけでもなく、能天気に楽観視するわけでもなく、
淡々と生きるしかない。

今、本当にそう思う。

落ち着け、ニッポン!

ひきこもり、万歳。

今、残っている「希望」。

もうダメかもしれないって時こそ、忘れちゃいけないものがある。

確かに、これまでと同じような「希望」は持てないかもしれない。
でも、だからって「希望」がなくなってしまったわけじゃない。

これまでとは違う、新しい生き方を実現するという「希望」。

これまでより健康的で、人間的な生き方を選ぶことができるという「希望」。

これまでの間違って進めてきたことを軌道修正するという「希望」。

これまで縛られてきたものから、解放されるという「希望」。

これまで破壊し、搾取しつくしてきた自然と共存するという「希望」。

これまで憎み合い、争いあってきた相手と助け合うという「希望」。

これまで使い捨ててきたものを再利用するという「希望」。

これまで無駄遣いし続けてきたモノを、大事に使うようになるという「希望」。

これまで身に付けてきた贅肉を削って、すっきりスリムになるという「希望」。

これまで複雑に絡み合っていたしがらみを捨て、シンプルに生きるという「希望」。

テキトーに考えただけでも、これだけの「希望」が思い浮かぶ。
真剣に考えれば、もっともっと沢山の「希望」が見つかるはず。

いろいろなモノが、流れて、壊れて、失われてしまって、
大変な状況は、これからも、まだ当分続くだろうけれど、
でも、だからって、全ての「希望」が消えてしまったわけじゃない。

これまでと同じ「希望」を維持していくことができないなら、
別の「希望」をみつけて育てればいいだけのこと。

「希望」の種は、小さなものから大きなものまで、
あっちこっちに散らばっているはずだから。

種を探すのも、世話をするのも、決して簡単じゃないだろうけど、
きっと、これまで見た事がないくらい綺麗な花が咲くと思うんだ。

絶望してるヒマなんてない。
ひきこもり、万歳。

「これまで」の生活って・・・?

「水や電気やガスが普通に使えること。学校に行ったり、働いたりできること。
これまで当たり前に思っていた生活が、いかに貴重で大切なものだったか、
初めて気づきました。」

震災後、よくみる発言ですね。
ワタシも昔は、同じようなこと、思ってました。

確かに、当たり前の生活に感謝したり、
自分が恵まれていたことに気づいたり、
「生きている」という奇跡を自覚するのは、悪い事じゃない。

でも、ちょっと待った。

そこで思考を止めちゃったら不味いんじゃない?
毎日毎日、吐き気がするほど、いろんな事を考えてて、ふと思った。

「これまで」の生活って、本当に幸せだったんだろうか?
どこにも不満なんかなくて、みんな満足して暮らしてたんだろうか?

確かに、ライフラインは整ってたし、物質的には豊かだったかも
しれないけれど、そんなに素晴らしい世界に我々は生きていたんだろうか?

それなりに働いたら、定職に就けて、ある程度の給料がもらえて、
家族をもって、家を買って、年金もらって・・・
そんな「神話」は、もうとっくの昔に崩れてたじゃない?

過労死や、ワーキングプアや、ネット難民を抱え、病んだヒトが大勢いて、
毎年膨大な数の命が絶たれていた社会に、本当に戻りたい?

被災者だろうがなかろうが、自分の一つ上の世代と同じレベルの生活を
手に入れることすらできないヒトが大勢いたんじゃないの?

原発事故が起こっても起こらなくても、経済はどこも行き詰ってたし、
資源の無駄遣いや環境破壊しまくりの資本主義に未来なんか
なかったでしょう?

食糧問題だって、エネルギー問題だって、環境汚染だって、
雇用の問題だって、よく考えてみれば、「何を今更?」

これまで臭いものにフタをし続けていた問題が、表面化しただけ。
見てみぬフリをしていた汚点に直面せざるを得なくなっただけ。

「サバイバーズ・ギルト」とか、「共感疲れ」とか、「震災ウツ」とか、
いろいろ言われてるけど、いくら被害者面したって、ヒーローごっこしたって
悲劇のヒロインぶったって、何も解決しない。

みんなが悲しみに浸っている、ドサクサに紛れて、重要な情報が隠蔽されたり、
言論統制が行われたり、わけのわからない選挙があったり、意味不明に復帰したり
してるヒトがいたりするじゃない?

何でもカンデモ、地震や津波の被害、原発事故の影響なんて理由は通用しない。

心優しい「いいヒト」は、要注意ですよ。「緊急事態」だからって、何でも
我慢したり、暴挙も寛大に許せばいいってもんじゃない。

辛くても、苦しくっても、ちゃんと目を開けて、
今、何が起こっているのかを知らなきゃいけない。

化けの皮がはがれかかっているウソを見抜いて、
「今、本当に大事なこと」を始めないといけない。

「これまで」の生活を美化して、今の状況を悲観し、嘆き悲しんでいるよりも、
「これから」の生活をいかに、健康的で、人間らしく、幸福なものにするか
考える方がよっぽど建設的だと思う。

誤魔化されるな、ニッポン!

「生」を「楽しむ」という視点。

3月11日に発生いたしました東日本大震災により、亡くなられた方々のご冥福をお祈り申し上げます。
被災されました多数の皆様、およびご家族の皆様に対し、謹んでお見舞い申し上げます。
被災者救助や災害対策に全力を尽くしている関係者の方々、それを支えるご家族の方々に、
心から敬意を表します。一日も早い復旧・復興を、心からお祈り申し上げます。


いろんなサイトやメールの冒頭に必ず書いてある。
多少の違いはあれど、言っているコトは大体同じ。

別に、それが悪いことだと思っているわけじゃない。
ワタシも書いたし。

こんなこと書くと不謹慎だと怒られるかもしれませんが、
最近、被災地域の話や原発関連のニュースを読む度に、
気が滅入ってくるし、生きていることに罪悪感すら覚えてしまう。

「平穏な日常を当たり前に思わず、小さな幸せに感謝しながら暮らす」
それがワタシの信条だけど、この頃、生きていることが楽しいと思えなくて
困ってます。

地震や津波、原発で亡くなられた方や、その家族、
今も避難所で不自由な生活をしている方達のことを思えば、
自分はなんて恵まれているんだろう、とか。

今、被災地の人たちの苦労に比べたら、このくらい我慢しなきゃ、とか。
被災していない自分が、頑張らなくてどうするんだ、とか。

別に誰かから、人生を楽しむことを自粛するよう強制されているワケじゃないけど
今、自分がフツーに生活できていることが、申し訳なくて仕方ない。

でも、最近、疑問に思う。

被災地で苦労しているヒトがいるからって、自分も同じように苦痛を感じて、
同じように不安を感じて、全てを我慢しなくちゃいけないんだろうか?

地震や津波、原発で亡くなった方やその家族、被災地の方たちは、
日本全体が何でもカンデモ「自粛」して、みんなの生活から笑顔が消えて
いくことを、望んでいるんだろうか?

原発が廃炉になり、復興が進み、多くの人が、安心で、安全な日常を
取り戻すまで、日本中、世界中が喪に服さなければいけないのだろうか?

節操もなく馬鹿騒ぎしたり、景気対策のためにお金を使えって
思っているわけじゃないけれど、被災したわけでもないのに、
必要以上に落ち込んでいたって、復旧・復興には何の役にも立たないはず。

だから、ひきこもりのワタシは、いままで通り、日々の生活の中で、
「健康の維持」と「消費の縮小」に取り組み、シンプル・ミニマムな
暮らしを実践し続けようと思う。

少ないお金、限られたモノを利用して、健康的に、豊かに、
人間らしく、幸せに暮らすための道筋を作っておくことは、
今後、抜本的に変わらざるを得ない社会の中で生き延びるために、
大切なことだと思うから。

被災地の人たちのこと、原発に関わっている人たちのこと、
日本の未来、世界中で今後起きるだろうコト、
考え出すと胃が痛くなって眠れなくなるようなことばかりですが、
少しずつ、生活を「楽しむ」という視点を取り戻したいと思います。

もちろん「楽しむ」余裕なんてないヒトが大勢いることもわかっているけど、
みんなが嘆き悲しんで、泣き暮らしても何も解決しない。

「辛い時こそ笑顔」って言葉、案外本質を突いているのかもしれない。
「笑う門には福来る」って言葉もあるしね。

底なし沼の落ち込みモードから、一歩前進。

ちょっと元気が出てきた、
ひきこもり、万歳。

現在の心境とコメント欄について。

インターネット上には、様々な陰謀サイトがありますが、3月11日以降、
アクセスが増えているお宅が多いようです。真実に迫る記事を載ると、
警告が出されたり、強制的に閉鎖されたりもするらしいです。

あんまり役に立ちそうもないことばかり書いている、当アングラ系
ひきこもりブログも、いつもよりお客さんが多くて、正直戸惑ってます。

これまで陰謀論なんてものは、キ○ガイの妄想だと思われることが
多かったわけですが、何が真実で何が嘘で、何が本物で何が偽物か、
わからなくなった今、マスゴミの言うこととは違う言論を探すヒトが
増えているということかもしれません。

一時的な熱病みたいなものなのか、今後も継続するのかは、微妙な所ですが、
これを機に、多くのヒトが「目覚めて」くれたら、と思わないことはない。
っていうか、もうそれしか道はないでしょう。

でも、その代償というには、払った犠牲があまりにも大きすぎると思います。
失われた多くの命、壊された自然、消え去った安心で安全な生活。
もう二度と以前と同じ平穏な日常には戻れないのです。

だから、アクセスが伸びるのも、このブログに共感してくれる
有難いヒトが増えるのも、あまり喜べない自分がいるのだと思います。

天邪鬼な「ひきこもり」の心境は、複雑です。

これまでの社会は、どう考えても異常だったし、もう限界だと思ってた。
変わるしかないということもわかっている。

でも、これから待ち受けている現実がどんなものか想像するだけで、
頭痛と吐き気がして、胃に穴が開きそうになります。

希望を捨てちゃいけないとか、大丈夫、何とかなるとか、
言ってるヒトもいるけれど、今後乗り越えなきゃいけない試練って、
多分、史上最大級だと思うんですよね。

これまでの常識や価値観が一切通用しなくなる上に、経済危機、食糧難、
健康問題など、問題は山積み。辛く厳しい時代になるのは明白です。

病むヒトも増えるだろうし、犯罪も多発するでしょう。
キレイ事じゃ済まない気がします。

もちろん、できるだけ多くのヒトに今、我々がどんな時代を生きているのか
伝えたり、「気づき」をより多くのヒトと共有したり、新しい生き方への
移行がスムーズにいくように、自分にできることを全力でするつもりです。

でも、やっぱり気分爽快、絶好調なわけなくて。アレもコレもしなきゃ、と
思いつつ、空回りしっぱなしの今日この頃。

ということで、プロフィールにも書きましたが、当面、コメントへの返事は
お休みさせていただきたいと思います。3月11日以降すでに放置状態なので、
コメントを下さった方、申し訳ありません。

参考になるコメントもいただいてきたし、励まされることもあるし、
とても有難いと思っているのですが、もともと、ヒトと関わること
が苦手なワタシは、ほんの数行のコメントの返事を書くのに何時間も
かかってしまうこともあり、精神的にも時間的にも余裕がない今は、
対応できずにいます。

今後の状況次第では、コメント欄を閉めることになるかもしれませんが、
何卒ご理解いただけますよう宜しくお願い申し上げます。

ひきこもりを侮るな!
管理人 KIKI
プロフィール

KIKI

Author:KIKI
今、必要なのは、情報に流されず、変化を恐れない「強かさ」と「しなやかさ」。シンプル・ミニマム志向で、消費の縮小と健康の維持に取り組む「ひきこもり」のブログ。(コメントは有難く読ませていただいていますが、現在お返事をする余裕がありません。何卒ご了承ください。)

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