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移行期はカルト社会。

ワタシは、今、移行期であると思っていて、
その考えに基づいて決断をし、行動している。

とりあえず書き始めて、もうすでに記事もアップしちゃったけれど、
「移行期」シリーズのお披露目、実はちょと迷った。

今、移行期だと信じていること。
それは、ある意味「宗教的」であり、一種の「カルト」だと思うから。

2012年12月、人類が滅びると信じているヒト。
アセンションが起こると信じているヒト。
宇宙人が地球を征服しにやってくると信じているヒト。

現在の資本主義社会が永遠に続くと信じているヒト。
原発は安全だと信じているヒト。
政府はウソつかないと信じているヒト。

お金があれば幸せになれると信じているヒト。
○○教こそが本物だと信じているヒト。

実は大して違わない。

ものすごく乱暴な言い方をすれば、
今の社会に生きるヒトはすべて、
みーんな何らかの形で洗脳されている。
どっかのカルト教の信者なのだ。

誰もがそれぞれ違うコトを信じている。
どんなホラーよりも現実はオカルト。

ワタシの考えていることが、「絶対」だとは思わない。
「唯一無二の真実」だとも思わない。

それでも、ワタシは自分が正しいと思うことに基づいて生きる。

ワタシの人生は、ワタシのものだから。
誰のせいにもしたくないから。
これから何が起こっても、後悔したくないから。

ワタシの信じる「宗教」。
教祖は「自分」、教本は「自分の良心」、信者は「自分一人」。

ひきこもり、万歳。

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「未来は白紙」は移行期だから。

例えば資本主義の崩壊が誰の目にも明らかになった時、
「資本主義の崩壊」という事実は決定的だ。

そうなってしまってから、
資本主義の崩壊を防ごうとしても遅すぎる。

空気も吸えない、水も飲めない、作物も食べられない、
そんな状況になるまで地球を汚染してしまってから、
自然を回復させようとしても、もう手遅れ。

移行期の最大の特徴は、まだ多少の選択肢があるということ。

最悪の事態を避けるという選択。
大難を小難にするという選択。

まだ選択肢があるから、厳しい道を選ぶよりも、
ラクな道を選ぶヒトがいて、決断を先送りにするヒトがいる。
でも、選択肢がなくなってから焦ったって遅い。

「未来は白紙」というけれど、
未来が白紙なのは、移行期の間だけだと思うんだ。

今、動かなくて、いつ動く?

そう思って、ワタシは動く。
ひっそりと、ちょこちょこと、ワタシは動く。

ひきこもり、万歳。

移行期の意味。

一体どのくらいの間、「移行期」が続くのだろう?

不確定要素が多すぎて微妙な所だけれど、あと数年、
「どっちつかず」の状態が続くのではないか、とワタシは思っている。

一夜にして紙幣価値がなくなったり、戦争が勃発したりしたら、
悠長なこと言ってられなくなるだろう。

しかし、今の所、我々には、まだ多少の「猶予期間」があるらしい。

機能不全となった今のシステムから距離を置くための時間。
今と全く異なる社会を作る準備をする時間。

一度に全部を変えようとして混乱するくらいなら、
少しずつ変えていけばいい。

例え、残された時間が、それほど長くないのだとしても、
焦って極端な行動に走ってパニくるよりはマシだと思うから。

新しい社会への移行が
できるだけスムーズに行くように。
なるべく痛みを伴わないように。
最小限の犠牲で済むように。

今、自分がどの段階にいるのか、きちんと意識しなければ、と思う。
そして、今の時点でできることを、きっちり押さえておこう、と思う。

しなやかに、強かに、移行期を生きる。
ひきこもり、万歳。

移行期の難しさ。

100%「これまでの社会」でもなく、100%「新しい社会」でもない「移行期」。

今が「移行期」だと気づいているヒト、一体どれくらいいるんだろう?
今が「移行期」だと気づいて、動き出したヒトは、どれくらいいるだろう?

調査してみるまでもなく、マイノリティでしょうね。
下手したら、キ○ガイ扱いされる危険性もあるし。

でも、周りが相変わらずの生活を送っているからといって、
自分も同じように世の中の動きに無関心でいて、大丈夫なわけがない。

「赤信号、みんなで渡れば怖くない」って標語、
アレ、実はすっごい恐ろしいよね。

みんなで渡ろうが、一人で渡ろうが、
ダンプカーが突っ込んでくれば、全滅するんだから。

「TPP、みんな奴隷なら怖くない」って冗談じゃない。
ワタシは嫌です。奴隷になんかなりたくない。

だからワタシは、周りに合わせるよりも、キ○ガイ扱いされる方を選ぶ。

でも、次のステップに進みだしたヒトと、
まだ旧システムの中で生きているヒトの共存は、
やっぱり、難しいと思う。

自分の周りに、これまで通りに生きているヒト、
これからも、ずっと、これまでと同じように、生きていけると
信じてるヒトが、まだ大勢いる状態。

この状態、結構キツかったりするんだな。

特に家族や親友など、自分の大切なヒトが「旧システムどっぷり系」だと
本当にやりきれなくなる。

お互いにお互いを大切に思っているけれど、理解し合えない歯がゆさ。

説得すべきか、自発的に気づくのを待つべきか、
いっそのこと「洗脳」してしまおうか・・・。

そんなヒトを見ていると、自分の方が変なんじゃないかって
思ってしまうこともある。

辛く厳しい変化に備えるよりも、このまま大丈夫って信じて、
これまでの価値観の中にとどまる方が、ラクだし、
ひょっとしたらそれが「正解」なのかも、とか。

必死で次の世界について考えている自分が馬鹿らしくなったりもする。

自分で決めたことなんだけど、諦めたくなるような誘惑がたくさんある。

だから、「移行期」は難しい。

でも、わずかに残された「猶予期間」であるこの「移行期」を
有意義に使わなければ勿体無い。

周りに流されて、動き出すのを躊躇していれば、きっと後で後悔する。

頭では、わかっているんだけど・・・。

迷いつつ、悩みつつ、3歩進んで2歩戻る。

進んで、戻って、休憩して。
それでも、少しずつ、少しずつ、前進する。

ちょっとずつ、でも着実に、移行期を生きる。

ひきこもり、万歳。

移行期を生きる。

ワタシのいつもの悪いクセですが、どうも焦って先走りすぎていたようです。

新しい社会に必要な知識は何だろう?
新しい社会で役に立つ技術は何だろう?
ってイロイロ考えて、行き詰ってました。

例えば自然農や保存食について学ぶコト。
ニンゲンが光合成で生きていけるようになったら、別に必要ないじゃん、とか。

スプラウトを育てるコト。
種や水が手に入らなくなったら結局続けられないじゃん、とか。

今ある便利なモノをすべて捨てて、原始時代の生活を
送る覚悟がないと意味ないじゃん、とか。

リサイクルエネルギーの開発をしたり、
水が汚染された時に備えて浄水器を設計したり、
いっそのこと技術者に転向するべきかも、とか。

ものすごく極端なコトを結構本気で考えていた。

まずは「今の社会」を終らせなければ
次の「新しい社会」は始められないのに。

「今の社会」を終らせつつ、「新しい社会」を作り始めるという
「移行期」という存在を見事なくらい忘れていた。

将来的に「新しい社会」が本格的に機能しだしたら、必要なくなる
だろうけれど、「移行期」には、とても役に立つ、大切な知識や技術が
イロイロあるのだということを、すっかり見落としていた。

ワタシがブログの更新もサボって、鬱々としていたのは、
そんな「移行期」だからこそ、やるべきことがあるはずなのに、
それをすっ飛ばして「次の社会」ことばかり考えてたから。

「移行期」という存在を無視して、
「今やるべきこと」の答えが見つかるわけがない。

わかっているヒトにとっては、当たり前のことなんだろうけど、
自分が今、生きているのが、「移行期」なんだと改めて気づいた。

100%「これまでの社会」でもなく、
100%「新しい社会」でもない「移行期」。

ものすごく厳しく、貴重な経験をすることになるであろう、
この移行期の生き方を見つけたい。

ひきこもり、万歳。

当たり前の日々。

世界の状況が刻一刻と悪化しているのに、自分はのほほんと
快適な「ひきこもり生活」について、綴っていていいのだろうか?と
自問自答していた。

ほんのちょっと前まで「当たり前」だったことが、
少しずつ、少しずつ「当たり前」ではなくなっていく。

「当たり前の日々」が、いかに脆く壊れやすいものか、
ワタシは阪神淡路大震災の時に知った。

「当たり前の日々」が、いかに貴重で有難いものか、
ワタシは「ひきこもり」になって確信した。

病気になって気づくヒト、
事故や天災に遭って気づくヒト、
身近なヒトの死を経験して気づくヒト、
自分が死ぬまで気づかないヒト。

いろんなケースがあるだろうが、失って初めて
「当たり前の日々」の有難さに、気づく場合が多い。

そんな時、往々にしてヒトは、過去を美化し、過去に逃げ込み、
「あの頃」は幸せだった、と嘆き悲しむ。

もっとアレをしておけばよかった、コレをしておけばよかったと後悔する。
もう二度と取り戻せないモノに執着して、今、目の前にある現実を見ない。

苦しみを乗り越えるために多少は必要なプロセスだろうけれど、
永遠にソコにとどまっていては、前には進めない。

失ってしまった「当たり前の日々」を追悼するだけではなく、
今も辛うじて残っている「当たり前の日々」大切にしなくてはならない。

まだ、すべてが終ったわけじゃないんだから。

そして、「当たり前の日々」の有難さに気づけたら、
今度は、ただただ感謝するだけではなく、もう一歩前進したい。

「当たり前の日々」を、一生懸命、生きること。
「当たり前の日々」が、なぜ失われてしまったのか、きちんと認識すること。
「当たり前の日々」が、どうして脅かされているのか知ろうとすること。
「当たり前の日々」を守るために、何をすべきか、自分で考え、動き出すこと。

ワタシは、比較的早くから当たり前の日々の大切さを実感していた。
お金がない分、カラダとアタマを使って、それなりに一生懸命生きてきた。

資本主義が多くの問題の元凶であることもわかっていた。
しかも、いずれ「当たり前の日々」が徹底的に破壊されるだろうと予測していた。

果たしてワタシは、現状を改善するための働きかけや、
最悪の結果を避けるための努力をしてきただろうか?

このブログで、のんきで幸せな日常を綴ることが無駄だとは思わない。
でも、それだけでは十分じゃない気がする今日この頃。

もっと、何かできるんじゃないかなあ、とヒントを探している所です。
向かうべき場所の大枠は見えてるんだから、きっと何か見つかるはず。

「当たり前の日々」を守りたい。
ひきこもり、万歳。

激変する社会の中で。

グループの「長」が立て続けに変わると、
グループのメンバーはパニックになり、
グループの「和」が乱れやすくなる。

明らかに不当なことや、どう考えても理不尽なことを
よくわからないまま、受け入れてしまったりする。

世界中で今、何が起こっているのか、
知ることは大事だろう。

社会が今後どうなっていくのか、
心配するコトも、多少は必要だろう。

でも、大きな動きにとらわれ過ぎると、
「自分」を見失ってしまう危険性がある。

冷静でいなければならない。
感情に支配されると決断を誤るから。

世界中が混乱していく中で、
まず一番に準備しておくべきなのは、
水でも食料でも燃料でもない、とワタシは思う。

今、何よりも大切なのは、
「自分」が今後どういう生き方をしたいのか、という
明確なヴィジョンを持つことではないだろうか。

それさえあれば、今「自分」がするべきことも、
自然に、わかってくるだろう。

とりあえず守っていれば安心できる「常識」は、もうない。
世間が何となく敷いてくれた「レール」も、もうない。

誰も、適切な指示を出してくれないし、
誰も、本当の答えを教えてくれない。

ドラマや映画みたいに救世主は現れない。
奇跡が起こるのを願っているだけじゃ何も変わらない。

これまで何度も、何度も、何度も、
いろんな所で、いろんなヒトが、いろんな警告を出してきた。

今更、呆然と立ち尽くしたり、パニックになってる場合じゃない。

流れに従うのか、流れに逆らうのか、そのまま溺れるのか、
どこかに避難して流れが静まるのを待つのか。

いずれにしても、決めるのは「自分」。

「自分」の未来は、「自分」で切り拓く。
ひきこもり、万歳。

混ぜ物たっぷりチョコは、もう買わない。

ワタシは、「ひきこもり」になってから、
なるべくシンプルに生きたい。
モノは必要最低限だけあればいい。
そう思って日々の生活を送ってきました。

低価格で低品質なモノを沢山持つよりも、
少しでいいから、本物が欲しい。

そんなコトを考えたキッカケの一つは、
一枚の板チョコ。

ワタシは子どもの頃からチョコレートが好きで、
働き人だった頃は、自他共に認めるチョコ中毒でした。

鞄の中には常にチョコレートがあって、
ちょっと休憩と言えば、チョコとコーヒー。

仕事から早く帰れた日にはスーパーに寄って、
ファミリーパックをまとめ買い。

当時のワタシは、チョコレートと名が付けば、
何でもOKだったんです。

でも、たまたまもらったオーガニックのチョコを
食べた時の驚きは、今でも忘れられません。

それまで食べていた「チョコ」は一体何だったんだろう?って
ショックを受けました。

原材料は、カカオマスとカカオバターと砂糖とバニラ。
ただ、それだけのシンプルなビターチョコ。

その時初めて「カカオの味」を知りました。

その後「ひきこもり」になって、ストレスが減ったら、
脳が欲するチョコレートの量が格段に減りました。

それでもチョコが嫌いになったわけではないので、
相変わらず「チョコのまとめ買い」してます。

ただし今は、オーガニックの板チョコ限定。
カカオ60%から70%のビターが好き。

一枚の板チョコ。
パキポキ割ってタッパに保存して、
一片ずつ時々食べて、食べ終わるのに約一ヶ月。

いろんなチョコを手当たり次第、
板チョコだったら一日に2,3枚食べていた
昔のワタシは、一体何処に行ったんだ?!って感じですが、
あの頃は普通の状態ではなかったのでしょう。

オーガニックのチョコは普通のチョコより割高だけど、
消費量が減ったから、最終的なチョコ予算はダウン。

なかなか売ってないから、見つけるのは大変だけど、
フェアトレード商品が多いのは嬉しい。

カラダにもココロにもお財布にも、
生産者にも環境にも優しい選択。

ひきこもり、万歳。

新しい社会の世代差

この物語は、フィクションです。

実際のデータに基づいているわけではありません。
科学的もしくは特殊能力による予測や予言でもありません。

こんな風になればいいのになあ、という未来を漠然と思い描いただけの
抽象的なイメージにすぎません。

つまり、一個人の単なる妄想です。
どうぞご了承ください。

続きを読む

2011年11月。

11月になりました。

表面上は相変わらずの生活を送っているヒトが多いかもしれません。

しかし、ちょっと周りを見てみれば、
放射能に天変地異、為替の暴落、デモにスト。
もはや「無事」という言葉は使えないでしょう。

20011年も残り2ヶ月。

これまでのように、静かに、穏やかに新年を迎えられるとは
到底信じられません。

でも、ココまで来たら、もう焦って騒いでも仕方ないかな、
という気がする今日この頃。

だって、もう始まっちゃったんだもの。
だって、もう止められないんだもの。

縁のあるヒトとは、何らかの形でつながっていくでしょうし、
縁のないヒトとは、お別れするしかないのでしょう。

縁のあるモノは、ワタシの手元に残り、
縁のないモノは、ワタシの手元から離れていく。

今、自分にできることを淡々と続けつつ、
あとはお任せ。なるようになる。

イロイロと嫌な予感がするけれど、
なぜかココロは落ち着いている。

不思議な気分。
ひきこもり、万歳。
プロフィール

KIKI

Author:KIKI
今、必要なのは、情報に流されず、変化を恐れない「強かさ」と「しなやかさ」。シンプル・ミニマム志向で、消費の縮小と健康の維持に取り組む「ひきこもり」のブログ。(コメントは有難く読ませていただいていますが、現在お返事をする余裕がありません。何卒ご了承ください。)

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