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移行期にやるべきこと。

もうすぐ現システムが崩壊すると予測しているヒト。
資本主義の終焉を信じているヒト。
今の社会に未来なんかないと思っているヒト。

どーせ全部潰れるなら、
残りの人生を好きな事して過ごそうとするだろう。

でも「好きな事」って何?
「自分の本当にやりたいこと」、って何?

絵を描いたり、歌ったりすることが苦手な非芸術系のワタシ。
飲んで、踊って、どんちゃん騒ぎしたいとも思わない根暗なワタシ。

最後の旅に出ようと思うヒトもいるだろう。
今あるお金をキレイさっぱり使い切って、グルメ&ショッピング三昧。
最後の贅沢を楽しもうと思うヒトもいるだろう。

旅や食に関することは好きだったけれど、段々興味がなくなってる。

遊んで暮らそうと思うヒトもいるだろう。
でも「遊び」って何?
毎日毎日、何して遊ぶの?

ワタシは、最後まで諦めずに、毎日を丁寧に生きたいと思った。

折角生まれてきたんだから、自分のやるべきコトを見つけて、
精一杯ソレを追求しようと思った。

「やりたいこと」を突き詰めたら、「やるべきこと」にたどり着いた。

ただ、それだけ。

ひきこもり、万歳。

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きのこ組長「発酵本」出版記念企画おまけ編

「発酵マニアの天然工房」
重版決定らしいです。おめでとうございます!


こういう連動企画をやりたくなっちゃうところが、
「オタク」なんだよなーと思いつつ。
まあ、きのこ組長も「マニア」らしいし、
「マニア」も「オタク」も似たようなもんよね、
と勝手に決め付けて始めた「きのこ組長「発酵本」出版記念企画」

企画そのものが無意味なんですけど、さらに蛇足のおまけ編。

**************************************

「発酵」って、難しい上に、面倒くさいんですよね。
でも、もう多分、これしか方法は残ってません。

どこに逃げても、放射能からは逃げ切れないから。
放射能の影響をなるべく受けずに済むように工夫するしかない。

生き残るために。
世の中を「再生」させるために。

で、この難しくて面倒くさい発酵道に足を踏み入れるには、
「わかりやすいガイドブック」が絶対に必要だと思うんです。

まだウチには届いてませんが、きのこ組長の「発酵本」は、
極めて優秀なガイドブックの役割を果たしてくれると信じてます。

何を隠そう、きのこ組長は例のお塩蛭頭事件の時に、
ワタシを「この世界」に引っ張り込んだ張本人なので。

もし、きのこ組長の暴言もとい金言に出会っていなければ、
玉爺のブログにも、そこから芋づる式にたどり着いた、
その他のリンク先ブログにも出会ってなかったわけで、
このブログも生まれてなかった。

なんと「清楚で可憐な18歳のきのこちゃん」は、
ひきこもりブログの生みの親だったわけですね。

ひょんなきっかけで、人生変わるもんなんです。

だから、きのこ組長の本には、きっと、
いろんな「気づき」のきっかけが、
散りばめられていると思います。

本が売れて、正しい発酵の知識が広まって、
お馬鹿な洗脳から抜け出すヒトが増えてくれることを願ってます。

この度は、3回に渡って、ぐだぐだ書いてきましたが、
何が言いたいかというと「この本、絶対オススメです」って
ただ、それだけです。

「きのこ組長「発酵本」出版記念企画」に
付き合ってくださった皆さん、誠にありがとうございました。

大した宣伝効果もないだろうに、わざわざコメントを下さったきのこ組長。
最後になりましたが、謹んでお礼申し上げます。

ひきこもり、万歳。

きのこ組長「発酵本」出版記念企画第三弾。

ブログ「建築とかいろいろ」の管理人、
きのこ組長が「発酵」についての本を出版されました。

本が届くのをこれほど待ち遠しいと思ったのは久しぶり。
はーやーくーこいーこいー「発酵マニアの天然工房」

ということで、きのこ組長の「発酵本」出版に勝手に便乗して、
ひきこもりの発酵論も語っちゃおうという企画第三弾。

テーマは「発酵と腐敗」。

似て非なるもの。

発酵させると保存食になる。
発酵させると美味しくなる。
発酵させると栄養価が高くなる。

腐敗したら臭くなって
腐敗したらカビが生えて
腐敗したら食べられない。

どちらも微生物による食物の変化。
ニンゲンにとって有益であれば発酵。
ニンゲンにとって有害であれば腐敗。

ポジティブなイメージの発酵。
ネガティブなイメージの腐敗。

ニンゲンが自分たちの都合で勝手に分類して
勝手に名前を付けただけの話。

発酵と腐敗。
そのボーダーは限りなく曖昧。

発酵に見せかけた腐敗。
腐敗に見える発酵。

発酵という名前がついているからと言って、
必ずしもカラダにいいわけじゃなく、
腐敗というイメージがあっても、
必ずしも悪いモノじゃないかもしれない。

表向きの言葉じゃ、本質までは分からない。

誰かが自分たちの都合で勝手に分類して
作り上げたイメージに振り回されるのは御免だ。

ちょっとくらいは自分で調べて理解してないと、
言葉のマジックに騙される危険性あり。

絶対に腐るわけないと思い込んでいるものが
本当は腐敗してたり、
絶対に腐ってるに違いないと思ってるものが、
本当は発酵しているだけだったりもする。

奥が深いぞ、発酵道。

でも「発酵」についてある程度理解できるようになったら、
「腐敗」しているモノも見分けれるようになるんじゃないかな。
本当に腐っているモノには、カラダが拒否反応を示すようになるだろうし。

きのこ組長の「発酵本」で勉強しよう!
ひきこもり、万歳。

きのこ組長「発酵本」出版記念企画第二弾

ブログ「建築とかいろいろ」の管理人、きのこ組長が
「発酵」についての本を出版されました。


「発酵マニアの天然工房」なんてカワイイ題がついてますが、
絶っ対、フツーの料理本じゃないと思います。

さて、「きのこ組長「発酵本」出版記念」ということで、
ひきこもり目線で「発酵」について語っちゃおう企画第二弾

発酵食品は「匂い」で判断。

手作りの発酵食品、成功か失敗かって、どうやって見分けてます?
リトマス試験紙を使ったりPHを測ったりしてますか?

ワタシは「匂い」で判断してます。
ほとんど「カン」です。

で、この動物的な本能。
ニンゲンなら誰にでも備わっていると思うんですけどね、
使わないとやっぱり退化しちゃうんでしょうね。

特に都会に住んでいると、動物的本能を維持するのは
相当難しいと思います。

自分で判断しなくても「誰か」が代わりに判断してくれるし。
五官の機能をマヒさせるモノがアチコチに溢れてる。

自分の直感よりも、専門家の意見とか、
マスコミの評価とか、週刊誌のコメントとか、
友だちの噂とか、そんなモノに依存しちゃうんですよね。

都会の集団生活では、むしろ、自分の本能にフタをして、
周りに合わせなければ生きられない。
直感なんて邪魔になるだけ。

だから、生き難いのかもしれませんね。

田舎に住んだり、自然の中で過ごすと五感が鋭くなるって
言うヒトもいますが、「ひきこもり」になるというのも、
五感を取り戻す一つの方法だと思うんですよ。

だって、外部刺激がほとんどないわけですから。
安心して、自分の本能を回復させてあげられます。

できるだけ資本主義社会と距離を置きたいとか、
できるだけ現代医学に頼りたくないと思ったら、
自分の本能や自然治癒力を最大限に生かすしかないわけですし。

「ひきこもり」になってから、随分「野生化」したなあって思います。
外見も内面も。カラダも丈夫になったし。

「匂い」にも敏感になりました。

働き人だった頃は、他人の顔色をうかがって、空気を読む訓練ばっかり
積んでいました。今は、なるべく自分のカラダの声を聴くようにしています。

「カラダが欲しがる匂い」と「欲しがらない匂い」を
区別できる程度には本能を取り戻したいものです。

とりあえず、自分で作った発酵食品でお腹を壊したことありません。

ひきこもり、万歳。


きのこ組長「発酵本」出版記念企画第一弾

ブログ「建築とかあれこれ」の管理人、きのこ組長が
「発酵」についての本を出版されました。


「発酵マニアの天然工房」

遅ればせながら、出版おめでとうございます。
まだ届いていませんが、早速注文しました。

折角なので、ワタシも「発酵」つながりで記事を書いてみました。
題して「きのこ組長「発酵本」出版記念企画第一弾」

発酵の世界というのは、奥が深すぎて、
勉強すればするほど理解できなくなる
まさに「宇宙」のような存在なので、
勝手にテキトーなこと語りますがお許しください。

「発酵」させるのに、まず一番大切なプロセスは「寝かせる」こと
だと思うんですけど、コレが苦手なヒト、多いんじゃないですかね?

ワタシも最初はそうでした。

待てないんですよ。

物心付いた頃から「時間を有意義に使いなさい」って教えられてきました。
だから、何もしないで「待つ時間」がモッタイナイ気がしてしまうんですね。

実はこの「待つ時間」こそが大事なんだと気づいたのは
つい最近になってからかもしれません。

料理でも仕事でも人生でも、常に何かしていると、
充実した日々を送っているように見えるんですけどね、
それじゃ何も「発酵」しないんですよ。

考えも、行動も何も変化しない。
ただ、流れ作業のごとく、課題を処理しているだけなんです。

発酵してる間って、肉眼ではあまり変化が見られませんが、
中では乳酸菌が一生懸命働いてるんですよね。

人間も、何もしないで、思考を発酵させている間は、
他人から、ただぼーっとしているだけに見えるかもしれない。

でも、内側ではいろんな変化が起こってるんですよ。
決して無駄ではないんです。

この「寝かせる」というプロセス。

一分一秒が勝負と信じて、がむしゃらに働いていた頃には、
絶対許されないことでした。

人生、ひたすら全力で走り続けなくてはいけないと思い込んでました。

発酵の魅力に取り付かれた今は、寝かせることこそが大事なんだと
気づいたわけですが、「過発酵」には注意しなくちゃいけませんね。

今度誰かに「今何してるの?」って聞かれたら、
「ひきこもってるの。」って答える代わりに、
「人生を発酵させてるの。」って答えようかな。

只今発酵中。
ひきこもり、万歳。

チョコトリュフは、もう買わない。

混ぜ物たっぷりチョコは、もう買わない
市販のチョコムースは、もう買わない。」に続いて、
「ひきこもりの脱チョコ宣言パート3」

昔はしょっちゅう食べてた「チョコトリュフ」。
買って食べて、作っては食べて。
バターとラム酒と蜂蜜を隠し味で入れるのが好きだった。

思えばすっごいカロリーだよなあ。
生クリームは動物性の脂肪分の高いヤツ使ってたし。

もう二度と買うことも作ることもないけど。

ワタシが比較的簡単に「脱チョコ宣言」できた理由は、
やっぱりキャロブパウダー。

キャロブパウダーを知ってから、フツーのチョコを
食べたいと思わなくなったから。

まあ、時々フェアトレードのオーガニックチョコを齧ることもあるけれど。
チョコ中毒だった頃に比べれば、十分「脱チョコ」したと言えるでしょう。

でも、キャロブパウダーって、味が似ているから
チョコの代替品になる訳じゃないんだよね。実際、味は似てないし。

ただ単純に、フツーのチョコトリュフより、
ロートリュフの方がワタシ好みなんだと思う。
元々、ナッツもドライフルーツも好きだし。

それに、カフェインフリーで、乳製品フリーだからかもしれないけど、
キャロブパウダーを使ったデザートは、「カラダ」が喜ぶ気がするんだ。

作り方は「ローフードレシピ」「トリュフ」とかのキーワードで検索すると
簡単に見つかると思うので省略。
ちなみにワタシは、某ヴィーガン王子のレシピをアレンジしてます。

このトリュフ、まとめて作れる所がまた便利。
まとめて作って、小分けにパックして冷凍庫へ。
食べたい時に自然解凍。

しかもね、ここだけの話、このロートリュフ、
お酒に合うんだなあ。

フルボティの赤ワインとか甘いデザートワイン、
ウィスキーとかブランデー系にもバッチリ。

あるじゃんね、ちょっと飲みたい時って。
でも、乾き物がオツマミじゃ寂しいし、
かと言って何か作るのも面倒くさい。
そこで登場するわけですよ。冷凍庫のロートリュフが。

ということで、ワタシは昔から酒飲みでしたが、
相変わらず酒好きという話でした。

それでも昔に比べれば、
随分ヘルシーな飲み方するようになったもんです。

「こってり」より「あっさり」が好きになったのって、
単に歳とっただけって可能性もあるけどね。

ひきこもり、万歳。

市販のチョコムースは、もう買わない。

以前、「混ぜ物たっぷりチョコは、もう買わない
という記事を書きました。

「恋人達のお祭り」というより、「チョコレートのお祭り」と
呼んだ方が正しいんじゃないかと思う、バレンタインも終ったので、
「ひきこもりの脱チョコ宣言パート2」に進みたいと思います。

今回の秘密兵器はローフードでおなじみのアレです。

キャロブパウダー

これね、スゴイです。

青汁仙人を目指してるくせに、未だ食に関する好奇心が
抑えられないワタシ、去年コッソリ買ってみたんです。

ハマりました。

ココアみたいなパウダーなんだけど、カフェインフリーで、
食物繊維豊富、カルシウム・ビタミンも含んでいるらしい。

何よりも、ワタシは味が好き。

ココアにはない、ほのかな甘みとフルーティーな酸味。
メチャメチャ美味しいです。

で、このキャロブパウダーを使った超定番デザートが
キャロブプディングとか呼ばれてる、
「なんちゃってチョコムース」。

一番簡単なのは、よく熟れたバナナとアボガドとキャロブパウダーを
グッチャグチャに混ぜる。それだけ。

アボガドの代わりに、ナッツを使うという手もあり。

カシュナッツや胡桃、ヒマワリの種なら、浸水させて洗ってミルサーでガー。
アーモンドの場合は、一度フープロで細かくしてからミルサーでガーすると
結構なめらかになる。ハイパワーブレンダーがなくても大丈夫。

バナナだけでも十分甘いけど、さらに甘みを足したいなら、
デーツとか干しブドウとかを一緒にガーすればOK

初めてキャロブパウダーを買って、この「なんちゃってチョコムース」を作って
食べて以来、毎週作ってます。キャロブパウダー、常備しちゃってます。

アッサリしてて、ひつこくなくて、さっぱり胃にもたれない上、
卵もバターもクリームも砂糖も必要ない。作るのも簡単。

コレを食べ慣れると、フツーのチョコムース、
食べたくなくなっちゃいますよ。

本当にオススメです。

デザートなんて食べなくっても生きていけるだろうけど、
やっぱりあると嬉しい。

仙人への道はまだまだ遠い・・・。

でも、コンビニのチョコムース買ってた頃に比べれば、
ちょっとは成長したと思いたい。

ひきこもり、万歳。

炊事・洗濯・掃除の話。

もうすぐバレンタイン。
意中の相手にチョコを贈ろうと画策しているヒトもいるだろう。

長いようで短い、山あり谷ありの人生。
苦楽を共にする伴侶がいればいいな、と思うこともある。

でも、一体どんな相手を選べばいいのか。

「3高」(高学歴・高収入・高身長)なんてどーでもいい。

最近は「3平」(心の平穏・平均的な収入・平凡な家庭)
なんて言葉もあるらしいけど、うーん。微妙。

それで「幸せ」になれるんだろうか?

「3D」(妥協・打算・惰性)で相手を選ぶと後悔するらしい。
それは、そうだろうと思う。

じゃあ、何を基準にするか。

「3S」(炊事・洗濯・掃除)かな、と最近思うんだ。

炊事・洗濯・掃除を心を込めて出来るヒト。
家事労働の価値を認識しているヒト。
最低限の生活力があるヒト。

炊事・洗濯・掃除って、生きる基本だなあって、つねづね実感してるんだけど、
家事労働に対する一般的評価って、ものすごい低いよね。

確かに専門的な知識も技術も必要ない。
手を抜こうと思えば抜けるし、適当にしようと思えばできる。

でも、心を込めて、丁寧に取り組むのは結構難しい。
たかが家事、されど家事。

炊事・洗濯・掃除を軽視しているヒトって、つまり、
生活の一番抜本的な部分を疎かにしているってことで、
それって人間としてどうなの?って気がする。

生きることの意味を理解しようとしているヒト、
自分の命を精一杯生かそうとしているヒト、
そういうヒトは、炊事・洗濯・掃除を丁寧にするヒトだと思うんだ。

まあ、パートナーを見つける前に、自分自身が
「きちんと炊事・洗濯・掃除を出来るヒト」に
ならなきゃいけないんだけどね。

人生日々修行。

ひきこもり、万歳。

「濾さないナッツミルク。」

ワタシは、牛乳を買うのをやめたので、
「ミルク」が欲しい時には、豆乳かナッツミルクを作ってます。

水に漬けて、ミキサーにかけて、過熱して、濾して作る豆乳に比べれば、
加熱しない分、ローのナッツミルクは手軽だと言えなくもない。

でもさ、毎週毎週作ってて、ワタシ、思ったんだよね。
コレって濾さなくてもいいんじゃないって。

だいたい、ワタシ、ミルクをミルクのまま飲まないもん。

小腹が空いたときにシリアルにかけるとか、
ドレッシングやパスタソースをクリーミーにしたい時に
混ぜるとか。そんな使い方しかしないんだよ。

ということは、ナッツミルクを液体と搾りかすに分ける必要ないんだよね。

ナッツミルクバッグなんてオシャレなモノは
もともと持ってないので、いつもガーゼで搾ってた。

搾ると洗い物も洗濯物も増えるし、
「搾りかす」を捨てるなんて勿体無くてできないから、
「何か」作らなきゃいけなくなる。

浸水しておいたアーモンドを洗って、水と一緒に
ミキサーでガーするだけなら、ガーゼは要らないし、
洗い物も最低限で済む。「かす」の処理を考える必要もない。

もう超簡単です。

料理でもなんでも、基本を押さえるのは大事だと思う。
とりあえず最初は、基本に忠実にやってみた方がいいでしょう。

でも、ある程度慣れてきたら、自分の生活習慣とか、
「クセ」とか「好み」とかを考慮してアレンジしちゃえばいいんだよね。

そうやって自分で考えて、工夫して「自分流のやり方」を身に付けることが、
「生きる」ってことなんじゃないかなあ。

なーんて。

ミキサーでガーしただけの「濾さないナッツミルク」を作りながら、
言われた通り、教えられた通りにしか動けない、
ロボットみたいな元同僚のことを思い出していたのでした。

手間を省く系のアレンジが得意です。

ひきこもり、万歳。

「いただきます」「ご馳走様でした」

一人で食事をする時に、「いただきます」「ご馳走様でした」と
声に出すヒトはどのくらいいるんだろう?

ワタシは、これらの言葉を特に意識して生きてこなかった。
自分でスプラウトを育て始めるまでは。

「いただきます」という言葉が、
自分が生き延びるために動植物の命をいただきます。
という意味だということは知っていた。

でも、自分で実際にスプラウトを育て始めて、
種を目覚めさせて、水を与えて、
日々成長しているのを目の当たりにするまで、
自分の食べているモノに「命」が宿っているということを
実感できずにいたのだと思う。

自分で育てたスプラウトのサラダを食べたり、青汁を飲む時、
「ワタシに命を与えてくれて有難う」と、自然に、感じる。
「この命を無駄にしないよう、精一杯生きなければ」という気持ちになる。

だから今は、食事の前後に「いただきます」「ご馳走様でした」って
毎回まるで祈るように口にする。

「いただきます」という言葉を、ただ習慣で言うのではなく、
その意味をかみ締めながら、食事の度に意識すれば、
暴飲暴食なんて、申し訳なくてできなくなる。

「ダイエット」なんて言って、食べることに罪悪感をもっていた
過去の自分が、いかに愚かで、いかに傲慢だったか、
情けなくて泣きたくなる。

植物であれ、動物であれ、他の命を奪わなければ生きられない。
それが生物の業なら、覚悟を決めて、その責任と向き合うべきだろう。

ワタシは、「ひきこもり」になって、スプラウト生活を始めて、
「食べる」という、これまで何万回も繰り返してきた行為が、
とても神聖なものであることに、気づくことができた。

お金に執着し、時間に追われ、心の余裕を失ったまま、
「働き人」を続けていたら、きっと死ぬまで気づかなかったはず。

本当につくづく思うんだ。
「ひきこもり」になれて、よかったなって。

だから、やっぱり
ひきこもり、万歳。

貧乏人こそ「仙人」目指せ。

「低所得者ほど不健康なヒトが多い」というような
調査結果が出たらしい。

調査によると、低所得者は、お金がなくて野菜が買えないとか、
運動する時間や自炊する時間を確保できないとか、
生活習慣に問題がある傾向が高かったという。

「お金」も「時間」も「ココロの余裕」もない場合は
仕方ないかなあ、とも思う。

ワタシも「ひきこもり」にならずに
貧乏暇なしのワープアを続けていたら、
きっと不健康街道まっしぐらだったに違いない。

でも、例え低所得者でも、「時間」と「ココロの余裕」があれば
結果は違ってくるはず。

だって、ワタシ、無職の「ひきこもり」で超貧乏だけど、
生活習慣の問題ゼロの健康優良児だもの。

「食」に関して言えば、お金がなくても健康に生きることは可能だ。
ただし、これまでの食生活とキッパリお別れする覚悟さえあれば、の話だけど。

ワタシは、数年前から粗食、菜食、少食を心がけて生きている。
最終的に何を目指しているかと言えば、「不食」だ。

霞を喰って生きられる仙人になりたい。

まあ、いきなりは無理だろうから、ちょっとずつ、ちょっとずつ、
アタマとカラダを慣らしているところ。

参考までに、一日に青汁一杯で生活する場合の一ヶ月の
食費を計算してみた。

自分で小麦若葉を育てて搾るなら、
約60mlのジュースに必要な麦は大体50g
一ヶ月で1.5kg

生産者から直接買ったら、もっと安くなるだろうけど、
通販で3kg5000円の小麦を買ったとして、月2500円。

ちなみに、生玄米だけを一日81粒食べるとしたら、
玄米一粒が約0.022g一年で約650g

5kg3000円の上等な無農薬米を買ったとしても、
一年間の米代、約400円。

「貧乏だから不健康で当然」じゃなくて、
「貧乏だからこそ仙人目指せ」ってワタシは思う。

まあ、実際、不治の病にでもならなきゃ、
青汁と生玄米にたどり着くまでの道は
まだまだ長い気がするんだけどね。

でも、イザとなれば、青汁と生玄米さえあれば
生き延びられるって知ってるだけでも
心強いと思うんだ。

麦と玄米。
豆乳ヨーグルト作るなら
プラス大豆、塩、黒糖。

必要最低限は以上。
これ以外は全部「嗜好品」扱い。

そんな食生活に変えられたら、
お金も時間も節約できて、
身も心も軽くなって、
健康なカラダと、すっきりしたアタマで、
だいぶラクに生きられるだろうな。

シミュレーションは、完璧。
ひきこもり、万歳。

プロフィール

KIKI

Author:KIKI
今、必要なのは、情報に流されず、変化を恐れない「強かさ」と「しなやかさ」。シンプル・ミニマム志向で、消費の縮小と健康の維持に取り組む「ひきこもり」のブログ。(コメントは有難く読ませていただいていますが、現在お返事をする余裕がありません。何卒ご了承ください。)

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