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「心を込めて生きる」

ワタシは、料理も掃除も洗濯も「好き」じゃない。
スプラウトの栽培だって別に「好き」なわけじゃない。

耐え難いほど苦痛ってわけでもないけど、
心地よく生活するのに必要だからしてるだけ。

決して寝食も忘れて熱中できるような「趣味」ではない。

でも、好きじゃないからこそ、
「修行」なんだと思えるんじゃないのかな。

苦手だからこそ、せめて丁寧にしたいと思う。
下手だからこそ、工夫しようと思う。

別に上達を目指しているわけじゃない。
エキスパートになんてならなくていい。

磨きたいのは表面的な技術じゃなくて、
まだまだ未熟な自分の内面。

誰かに迷惑をかけることもなく、
誰かのお世話になったりもしないで、
自分の身の回りのことを自分自身でできる、
今の環境がとても有難いと思うだけ。

家事なんて、好きじゃないし、苦手だし、下手だけど、
スプラウトの栽培って本当に面倒くさいと日々思うけれど、
嫌々やってるわけじゃないし、誰かに強制されてるわけでもない。

自分が選んだ生活の中で、自分ができることをする。

当然と言えば当然なんだけれど、その「アタリマエ」が
有難くて、幸せだと思える。

「心を込めて生きる」ってそーゆーことなんじゃないかな。

別に、無敵のヒーローにならなくても、
この世の救世主にならなくても、
歴史に名を残す偉人にならなくても、
今、自分にできることを一生懸命やっていれば十分なんじゃないかと
思うワタシは甘いんだろうか。

毎日を丁寧に生きて、ただ自然に天寿を全うしたいだけ。

ひきこもり、万歳。

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新しい社会の個人情報。


この物語は、フィクションです。

実際のデータに基づいているわけではありません。
科学的もしくは特殊能力による予測や予言でもありません。

こんな風になればいいのになあ、という未来を漠然と思い描いただけの
抽象的なイメージにすぎません。

つまり、一個人の単なる妄想です。
どうぞご了承ください。


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臨機応変

例えば、ミルクを飲むのか飲まないのか。
例えば、野菜の皮をむくのかむかないのか。
例えば、小魚を丸ごと食べるのか食べないのか。

移行期の今、臨機応変に対応するしかない。

ワタシも昔はイロイロ勉強したんだ。

アーユルベーダではね、「牛乳」は素晴らしい健康食品なんだ。
病人も妊婦さんも、みんなたっぷり飲むように推奨されている。
でもね、3000年前の偉い人はね、きっと人間が、牛にホルモン注射したり、
肉骨粉を与えたりするなんて考えもしなかったんじゃないかな。

ホールフードやら一物全体やらもね、理論はわかる。
共感したいのもやまやまなんだけど、
残留農薬とか放射能汚染とかを考えるとね、
やっぱり野菜や果物の皮は剥いて食べた方がいいと思うんだよね。

甲田療法とかいくつかの断食療法ではね、小魚の摂取を推奨してるんだ。
チリメンジャコとか頭も内臓も骨も全部食べれるようなやつ。
でもね、放射能によって海がコレだけ汚染された今、
魚の骨やら内臓やらは避けるべきだと思うんだ。

他にも海草とか、キノコ類とか、これまで散々、
健康にいいって言われてきたもの、たくさんあるよね。

でも、今、それらが本当にカラダに良い安全な食品なのかどうかは、非常に微妙。

最先端の情報にしろ、何千年もの間実践されてきた英知にしろ、
決定的な「何か」が欠けている気がするのは何故だろう?

今のエライ人は、とかく問題を軽視して、対策を先送りにしがちだし、
昔のエライ人は、現在の壊滅的な状況を予測していなかったかもしれない。

何を信じようと、何を食べようと、個人の自由なんだけれど、
コレまで以上に「自己責任」っていうのが覆いかぶさっていて、
それぞれが自分なりにイロイロな情報を集めて、総合的に考えて、
日々の細々した選択を一つ一つしていかないといけない。

誰が正しいのか、何が正しいのか、ワタシにもわからない。
今のワタシにできるのは、とりあえずピンと来たモノを自分自身で
試してみること。ただ、それだけ。

首尾一貫してなくても、矛盾してても、今は仕方ないんじゃないかな。
「移行期」に大切なのは「臨機応変」に生きることだと思うから。

別にね、ワタシは、長生きしなくてもいいんだけど、
「何か」がおかしい今の状況に対して、
何もしないまま、無抵抗のまま死ぬのは嫌なんだ。

ひきこもり、万歳。


市販のジュースは、もう買わない。

たまたま、本当にたまたま、見つけたんですよ。
閉店間際のスーパーで、値引きされていた
ジュース用のオレンジを。

そう言えば、オレンジのフレッシュジュースって
飲んだことないなーと思って買ってみたんです。

フレッシュジュースのスタンドとか、
おしゃれなカフェバーとかで、
メニューにあるのは知ってたんですけどね、
ジュースに贅沢するくらいなら、
お酒の方が嬉しい飲兵衛のワタシは、いつもスルーしてました。

なので、この歳になって初めてフレッシュなオレンジジュースを
体験したわけです。

絞りたてのオレンジジュース。
・・・凄いです。

別に専門的な分析をしたわけではありませんが、
パックのジュースとは、入っているエネルギーの
量も質も全然違う気がします。

オレンジをそのまま食べるのとも違うし、
大麦若葉の青汁ともまた違う。

青汁は、ものすごく濃縮されたエネルギーを
ショットグラスでぐいっと飲むクスリみたいな感じなのに対して、
搾りたてオレンジジュースは、一口ずつじっくり味わってる間に
カラダの隅々まで瑞々しさが行き渡るのを実感できるっていうか、
食べ物・飲み物系で、こんなに感動したのは久しぶりかも。
もうパックのオレンジジュースは味気無さ過ぎて飲めないでしょう。

しかも、オレンジの便利な所は、
高価なジューサーがなくても搾れるってこと。
必要なのは、いわゆるレモン搾り器?スクイーザー?だけ。

簡単に使えて、場所もとらないし、洗うのもラク。
そして、非電化。

オレンジって結構日持ちするみたいだし、
しばらくハマりそう。

一日の食事は、搾りたてオレンジジュースとドライフルーツと、
生玄米少々。そんな生活も悪くないなー、と妄想しつつ。

「ベジタリアン」というより「フルータリアン」に近いかも?
いずれにしろ最終的に目指すのが霞を食べて生きる
「ブレサリアン」であることにかわりはない。

「仙人」への道はまだまだ遠いけれど、ステップの一つとして、
工場で大量生産されたジュースはもう買わない、という選択は、
資本主義的なモノからできるだけ距離を置くという意味でも大事だと思うんだよね。

移住するならオレンジの産地がいい。
ひきこもり、万歳。

炊飯器は、もう要らない。

玄米を食べるようになって、炊飯器の出番がなくなった。

今ウチにある炊飯器は、何年も前に知り合いから譲り受けた
中古なので、ワタシは自分で炊飯器を買ったことがない。

白米よりも、発芽玄米を圧力鍋で炊くのが好きだし、
炊飯器がなくても全然困らない。

急に玄米が食べたくなったとしても、
圧力鍋で「ビックリ炊き」もできる。

最初はフタをせずに強火で15分くらいかき混ぜた後、
水を足して10分間圧力をかけて、
バスタオルにくるんで30分くらい蒸らせばいい。

ちなみにワタシは、玄米2合に対して最初の水が3合、
二回目の水が2合で炊く。

最近の炊飯器って、タイマーがついていたり、
煮込み料理ができたり、ケーキが焼けたりするらしいけど、
高性能な炊飯器って、本当に必要なんだろうか。

白米ならフツーの鍋でも簡単に炊けるんだし、
別に炊飯器がなくても生きていけると思うんだけど。

電気が足りないとか言ってるくせに、
次から次へと新しい電化製品を売り出して、
あの手この手で消費者に買わせようとする。

矛盾だらけの不思議な世界。

電気に依存した生活は、いろんな意味で
不自然で非人間的な気がするから、
電化製品は必要最低限でいい。

とりあえず、炊飯器はもう要らない。
ひきこもり、万歳。

主語は「自分」

あのヒトは、どうして逃げないんだろう?
あのヒトは、どうしてテレビ見て馬鹿笑いしてられるんだろう?
あのヒトは、どうしてあんなアホ上司の指示に従ってるんだろう?

あのヒトたちが、どうしようと、どう生きようと、
あのヒトたち自身の問題だ。

助けを求めているなら何かできることがあるかもしれない。
アドバイスを求めているなら何か一緒に考えられるかもしれない。

でも、何も求めていない相手にできることは何もない。
本人が自分で気づいて動き出すまで、待つしかない。

他人の行動にヤキモキしている暇があったら、
自分ならどうするか考えて、シミュレーションすればいい。
自分ならどうするか考えて、実際に準備すればいい。

その方がよっぽど健全で建設的だと思う。

自分なら逃げるのか、自分なら戦うのか。
自分ならどうするか。

他人の行動をいくら観察したって、批判したって、
そのヒトを動かすことはできない。

「あのヒト」はどうすべきか、じゃない。
自分ならどうするのか、だ。

他のヒトが何を言おうと、何を考えようと、
何をしようと、何をしなかろうと、どーでもいい。

今の自分にできることをして、
自分が生きたいように生きるだけ。

ひきこもり、万歳。

4月病、5月病。


世間には5月病と呼ばれる症状があるらしい。

ゴールデンウィーク明け頃から、新しい環境に適応できない
新入社員や新入生にみられるウツ病に似た症状のことだ。

年がら年中変化のない「ひきこもり」には無縁の5月病。
ワタシは、むしろ4月の方が憂鬱だ。

街中がお祭り気分の12月も苦手だけど、
入学やら入社やら何となくお祝いモードの4月も苦手。

飲み会やらコンパやら、その場だけ盛り上がるということが
できないタイプだったけれど、いわゆる「浮かれた空気」に
どうしても馴染めないんだよね、ワタシ。

アチコチから聞えてくる「見せかけだけの希望」とか。
表面上だけ「ウキウキ、ワクワク」した感じとか。
もう二度とやってこない「明るい未来」の懐古とか。

心機一転やり直そうと思っても、
漏れてしまった放射能をなかったことにはできないのに。

これまでのように無邪気に夢を膨らませたり、
無限の可能性を信じたりできないのに。

どんなにうまく取り繕っても
「これまでの社会」と「これからの社会」は何もかもが異なる。

目の前に立ちはだかる難問から目を逸らすことを強制されたり、
幻想を押し付けられるのには耐えられない。

それよりは、厳しい現実とまっすぐ向き合うことの方が、
まだマシな気がする。

ということで、ちょっと病んでましたが、
ぼちぼち復活しようと思います。

ひきこもり、万歳。

プロフィール

KIKI

Author:KIKI
今、必要なのは、情報に流されず、変化を恐れない「強かさ」と「しなやかさ」。シンプル・ミニマム志向で、消費の縮小と健康の維持に取り組む「ひきこもり」のブログ。(コメントは有難く読ませていただいていますが、現在お返事をする余裕がありません。何卒ご了承ください。)

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