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そーゆー時代。

ロスジェネ世代の「ひきこもり」であるワタシ。

それほど短くはないけれど、たいして長くもない
これまでの人生で、一体何度進路を変更し、
軌道修正してきただろう。

いつまでも、ふらふらし続けるワタシ。

就職して、結婚して、子どもを作って、家を買って・・・。
それが「立派な大人」の最低条件だと信じているヒトからは、
出来損ないの半人前だと言われている。

でもねえ、仕方ないじゃない?
社会の状況がクルクル変わるんだもん。

その時、その時で、一番必要だと思えるコトをしたいだけなの。
よりよい未来を実現するために、役に立ちたい。
ただ、それだけなんだけど。

「現時点での最優先事項」がコロコロ変わっちゃうのよ。
一体、どーすればいいんでしょうね?

どーしていつまでも同じ価値観を信じて、
同じ生き方を続けてられるのか、逆に聞きたいくらいだわ。

「今一番やりたいこと」は「これまで正しいと思ってきたこと」と
矛盾するかもしれない。

「今すべきだと思うこと」は「これまでしてきたこと」と
相容れないかもしれない。

これから進もうとしている方向が、
これまで進んできた道とは正反対だと気づいてしまった時、
あっさり方向転換できるヒトがどれだけいるだろう。

きっとワタシはこれからも、ふらふらふわふわ
アッチに揺れたり、コッチに揺れたりし続けるでしょう。

何も持たずに、何にも縛られずに、
身軽なココロとカラダひとつで。

だって、しょーがないじゃない。
そーゆー時代に生まれちゃったんだもの。

本人としては臨機応変に生きてるつもりなんだけど。

ひきこもり、万歳。

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「隣の芝生は青く見える」

情報源がテレビと新聞・雑誌に限られていた頃は、
キレーで華やかな部分ばっかり強調されている、
「ゼータクな暮らし」こそが「幸せ」なのだと思い込んでいた。

マスコミに登場する、ゴージャスなヒトたちを羨んで、
自分のダメさ加減を卑下する毎日。

今は「インターネット」という超巨大な情報元があって
匿名の掲示板やら悩み相談やらをちらっと見ただけでも、
「不幸なヒト」があまりに多いことに驚かされる。

ネットを徘徊するようになって、
ワタシは自分がいかに恵まれているかということに初めて気づいた。
他人を羨むよりも、むしろ幸せすぎて、申し訳なくなっちゃう程に。

でも、上を見て劣等感に苛まれようが、下を見て優越感に浸ろうが、
「比較」という枠組みから抜け出せていないことに違いはない。

隣の立派な芝生が自分のショボイ芝生より青く見えようが、
荒れ放題の隣の芝生よりは自分のショボイ芝生の方がまだマシだと思おうが、
結局は同じこと。

「比較」という甘くて苦い罠からどうしても抜け出せないのなら、
芝生を持たないという選択もありなんじゃない?

自分の芝生がなければ他人と比べる必要なんてない。

他人との比較に頼らずに、
「自分」という存在を肯定できるようになることが、
自立するってことなのかもしれない。

「比較」という縛りから抜け出せない間は、
自分一人の足でまともに立てていないと思うから。

「比較」という誘惑から逃れるために、自主的隔離状態の
ひきこもり、万歳。


道。

今、一番正当だと信じられている道が、
これからも、ずっと続いていくとは限らない。

今、一番安全だと言われている道が、
これからも、一番安全であるという保証はない。

今、歩いているその道は、実は行き止まりかもしれないし、
ひょっとしたら落とし穴があるかもしれない。
通行制限がかかって、追い返されるかもしれない。

同じ道を進み続けるだけが人生じゃない、とワタシは思う。

もし、地雷を埋めているところを目撃してしまったら、
もう、その道は進めない。

もし、目的地の洞窟に人喰いモンスターがいるって知っちゃったら、
もう、引き返すしかない。

進んで、戻って、
迷って、遠回りして、
たまには休むことも必要。

一度、脇道に入ってしまったら、二度と本通りには戻れないかもしれない。
こんな道、通る予定じゃなかったんだけどな、と思うかもしれない。

でも、その道が自分にとって歩きやすければ、それでいいじゃない。
わざわざ障害物たっぷりの道を選ぶ必要はない。

道がなければ作ってもいいんだしさ。

それが「人生」ってもんでしょ。

ひきこもり、万歳。

もったいない。

「もったいない。ああ、もったいない。もったいない。」

ただ地面を照らすだけの太陽が、もったいない。
ただ大地を潤すだけの雨が、もったいない。
ただ木々を揺らすだけの風が、もったいない。

自然の恵みを上手に活用できない自分が悔しい。
自然の恵みを有意義に生かせない自分が情けない。

「もったいない。もったいない。」とワタシは呟く。

怒りに我を忘れる時間が、もったいない。
不安で眠れなくなる夜が、もったいない。
心配で喉を通らなくなる食事が、もったいない。

折角の命を上手に活用できない自分が悔しい。
折角の命を有意義に生かせない自分が情けない。

「もったいない。もったいない。」と死ぬまで嘆き続けるのだろうか。

「もったいない」を解消するために、新たな一歩を踏み出すのだろうか。

「もったいない」と思うだけでは「もったいない」。

ひきこもり、万歳。

100年後の未来の為に。

100年後の未来の為に、今できることは何だろう?

100年後の未来の為に、
今、さらなる経済発展の為に沢山の生命を犠牲にするのではなく、
生活の規模を縮小して、シンプルな暮らしに満足するコトを覚えよう。

100年後の未来の為に、
今、さらなる利便性を追求するのではなく、
昔ながらの素朴で豊かな生き方を見直そう。

100年後の未来の為に、
今、新たにエネルギーを作り出すのではなく、
多くのエネルギーを使わずに済む生活に移行しよう。

100年後の未来の為に、
今、新たにビルを建て土地を開発するのではなく、
田舎に住んで、自然に寄り添って生きよう。

ココまで来てしまった以上、ぶっちゃけ手遅れで、
今さらできることなんて、ほとんどないのかもしれない。

それでも、不必要で過剰なものを、手放し、諦め、放棄することで、
少しでも抵抗の意思を示したい。

100年後の未来の為に、そして今を生きる自分の為に、
沢山のモノを消費し、所有するヨロコビではなく、
最低限のモノで創意工夫して生きる、シアワセをかみしめよう。

シンプル・ミニマムに生きること以外の道を思いつかない、
ひきこもり、万歳。

スプラウト生活、再開。

9月になった。

あんまり涼しくなってないけど、
夏の間ストップしていたスプラウト生活を再開した。

すくすく育つ「カイワレ大根」や、
日々大きくなる「緑豆もやし」から、
「生命の力」を感じてホッとする。

政治にしろ、経済にしろ、突っ込み所満載の昨今。

一体、いつまで穏やかで快適な「ひきこもり生活」が
続けられるのだろうか、と思う。

おいしくて、ヘルシーなスプラウト生活だって、
種が買えなくなったり、水が手に入らなくなったら、
即刻中止だ。

のんきにブログなんて更新してる場合じゃないだろう、
という気がしないでもない。

それでも、今、自分にできることは、
超少食、自然農、サバイバルの準備を整えつつ、
脱資本主義の方向へ移行する、ただ、それだけだと思うから。

試行錯誤の過程を、できるだけ記録に残そうとしているのも、
それが、いつか誰かの役に立つかもしれないと思うから。

もう後戻りはできないし、引き返すつもりもない。

スプラウトの世話ができる日々に感謝しつつ、
改めて心に誓う。

この小さな命に恥じない生き方をしようと。

シンプル・ミニマムな暮らしを追求し続ける、
ひいこもり、万歳。
プロフィール

KIKI

Author:KIKI
今、必要なのは、情報に流されず、変化を恐れない「強かさ」と「しなやかさ」。シンプル・ミニマム志向で、消費の縮小と健康の維持に取り組む「ひきこもり」のブログ。(コメントは有難く読ませていただいていますが、現在お返事をする余裕がありません。何卒ご了承ください。)

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