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優雅で快適な、ひきこもりライフを実現するための20の方法。ちょっとブレイク。

優雅で快適な、ひきこもりライフを実現するための20の方法。
先月は3つ更新しました。

その7 家でできる仕事をする。SOHO・アフィリエイト・FX・内職など。
その8 家でできる仕事をする。アーティスト・クリエイター系、販売系。
その9 何とか生き延びられる程度働いて、隠れひきこもりになる。
でしたね。まだ読んでいない方は、各記事に目を通してみてください。

はい。今回の共通点は、「働くひきこもり」です。
何らかの形で、お金を得ようとする「ひきこもり」です。

でも、ここで注意したいのは、労働=お金を稼ぐこと、ではないという点。

労働とは基本的に、生き延びるたびに必要な活動のことだと思うんですよ。

具体的に言えば、「衣食住」。もっと単純に言えば、食べることと暖を取ること。
家や衣服は身を守るため、という意味もあるけど、そもそも暖を取ることが目的でしょ?

衣食住の為の労働より、お金を稼ぐ為の労働が必要以上に重視されすぎている気がします。
だから、きっと生き辛いんじゃないかな。

「働いていない人、お金を稼いでない人は生きている価値が無い」とか言う人。
あまりに無意味で、本当に有り得ないと思います。

だから、ワタシは、料理や裁縫、衣服や住処を清潔に心地よく保つこと、つまり家事を
労働だと認めない人の理屈が理解できない。

このシリーズの目的は、ひきこもりながら、いかに生き延びるかということであって、
ひきこもりながら、いかにお金を稼ぐか、では決してありません。

働いて、生きて行くために必要なモノを買うお金が手に入ればそれでいい。

でも、ぶっちゃけ、働いていようがいなかろうが、お金が手に入ろうが入らなかろうが、
生きていければいいわけじゃない?

生きるために、必ずしもお金を介在させる必要はないと思う。

誰かに寄生しようが、自給自足しようが、生きていけるならそれでいいじゃないですか。

「お金」より価値があるのが、「モノ」で、
「モノ」より価値があるのが、モノを生産する「ヒト」で、
「ヒト」が、なぜ価値があるのかというと、「生きているから」で、
つまり一番価値があるのは、「ヒト」であれ「動物」であれ、「自然」であれ、
「生命」だと思うんですよ。

生きているだけで、存在しているだけで、命は尊い。
そう思っちゃいけませんかね?

食べる為に働くとか、働かざる者喰うべからずって考え方、もう捨てた方がいいかも。
だって今後、いくら働いても、食べていけない時代になったらどうするんですか?
この場合の働くというのは、お金を得るための労働のことですけど。

お金を得るための労働と、生き延びるための労働は、全く別の問題なのです。

極端な話ですが、ワタシは、これからは、お金の為に働かなくても、喰っていける
方法を見つけることが必要なんじゃないかと思ってるわけです。

寄生できる人がいるなら、寄生すればいい。
ある程度のお金があるなら、土地を買うなり、自給自足するなり、
個人生産者を目指すなり、何でもすればいい。

お金を得る為に組織の歯車として必死で働く労働者=奴隷以外なら、何でもいいと思います。

どうせ働くなら、自分自身の為に働きましょう。
金持ちがもっと金持ちになるためじゃなく、自分が有意義な生活を送るために。

好きなことすればいいじゃないですか?

「仕事=遊び」って、以前、玉爺さんも書いてましたよね。
どうせ全部作り物のゲームなら、勝ち負けにこだわらず、楽しく遊んじゃいましょうよ。

人生そんなに甘くないって?
でも、「人生、山アリ谷アリ」って言うじゃないですか。

お金を手に入れるために、働き続ける人生なんて、「谷」ばっかり。
右を向いても左を向いても、不況不況、もう「山」なんて二度と来ないでしょう?

それに、どうせ苦労するなら、「お金教」の誰かさんのためじゃなく、
自分の幸せのために苦労したい。

奴隷人生より、ひきこもり人生の方が、幸せですよ(多分)。


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No title

>奴隷人生より、ひきこもり人生の方が、幸せですよ(多分)。



私にとって、奴隷人生とひきこもり人生を象徴している、
そのひとつが、靴下です。

サテ、どういうことかといいますと、
私は、ひきこもってから、靴下を裏表反対に履いているのです。

履いたときにつま先にある縫い目のふくらみが、外側に来るように履いているのです。
時にはなまずのひげみたいなのがあるかもしれませんね。

どうしてかといいますと、
履き心地がいいからです。
皆さんもやってみてください。私が何を言っているのかがわかると思います。

たまに裏表元通りにしても履きます。
毛玉が取れますからね。


人と接するときには、恥ずかしくって、真面目に履いていたんですが、
ひきこもりになったら、そんなことはマッタク関係ありません。

ひきこもりになったら世間の常識なんて関係ありません。
私の感覚が自分の常識を作るのです。

No title

>みなべ  さん

そうですね。

確かにワタシも、ひきこもる前は、自分の心地よさより、見た目を優先していました。

世間体とか、他人の評価とか。自分がどう思うかよりも、周りの人がどう思うかを
常に意識して行動していました。

それが、大人になること、社会人になること、だと思っていたのですが、
本当は少し意味が違うのかもしれないですね。

>ひきこもりになったら世間の常識なんて関係ありません。
>私の感覚が自分の常識を作るのです。

その開放感、とってもよくわかります。
他人の目を気にしなくていい、今の生活は、ものすごくラクです。

No title

>今の生活は、ものすごくラクです。

そうそう、ひとことで言っちゃえば、ラクなんですよね。


ひきこもりになる前は、楽(ラク)と楽しいは、違うものだと思っていました。

しかし、ひきこもり生活を始めると、ラクは、次第に楽しいになっていったのです。

振り返ってみれば、辛い仕事でも、慣れてラクになったころに楽しさがやってきました。

楽しいの基盤にはラクがあったのですね。
英語ではラクになることを「リ‘ラック’ス」ともいいますね。

言葉はうまくつながっています。


気づけば、言葉(単語)には深い学びが隠されているようです。
特に日本語は誰が作ったのでしょうか?
神が与えたもののように錯覚してしまいます。
それほどに、言葉の一つ一つに、
昔の日本人の神仏、他者に対する謙虚さや
そこから生まれる学びが滲みでているのです。

言葉に、先人たちの「人生への深い洞察」を感じてしまいます。
私たちは、気づかぬうちに、祖先からたくさんの贈り物をいただいていたのです。

素晴らしき先人たち。彼らの心に少しでも近づきたいものです。



♪ きのう比べりゃなんのこと、やっと羽織の紐の丈

最近は、田舎のお年寄りたちに誘われるままに、
ゲートボールをして遊んでいますが、
彼らの長閑さと比べりゃ、私はまだまだですね。

あぁ、人生の先輩たちに「感謝」です。。。。。


カラオケ以外に言葉を発する機会が増えました。
・・・・・感謝は、学びじゃなくて、そっちかよ!!

No title

>みなべ さん

コメント、有難うございます。

言葉って不思議ですよね。

高齢の方との交流は、多分学ぶことがたくさんあると思います。

ワタシは、あまり出会う機会がないので、羨ましいです。

「ゲートボール」って単語久しぶりに見ました。
なんか、のどかな響きですね。

No title

>「ゲートボール」って単語久しぶりに見ました。
なんか、のどかな響きですね。

だんだん、ゲートボールをする人が減ってきてるんだよ。
その理由は、寿命に関係しています。

10年ほど前は、12人ぐらいがいつも集まって、
溢れた人(ゲートボールは敵味方合わせて、選手は10人です)の何人かは、審判をしていたらしいです。
今は、あちこちから集まっても、5.6人だから・・・
審判どころか、玉を二つかけもちです。

もっと、都会から、田舎へと人々が移住してこないかなぁ。
世界的な異常気象や、虫害、病気によって、
食糧難がちらちらと日本にも顔を出し始めているようだから、
失業対策としてでも、民族大移動が起こることを期待しています。
そして、資本ではなく、人手に頼る自然農を日本全土に普及させるのです。

それが日本の生き残る道です

なにより、地元のゲートボールチームの存続の為に・・・・・・・

話のスケールのこの落差。
・・・・・まるでジェットコースターの気分だったでしょ?楽しんでいただけましたか?

No title

>みなべ さん

高齢化が進んで、お年寄りの人口は増えているはずなのに、
ゲートボール人口は減っている。

不思議ですね。増えているはずの高齢者は一体どこにいるんでしょう?
老人ホームや病院なのでしょうか。それとも、ゲートボールを楽しめるくらい、
元気なご老人が減っているということなんでしょうか。

田舎への移住は決して簡単ではないという声もよく聞きますが、
ワタシも、民族大移動が起こればいいなと思います。

自然に囲まれた自給自足的暮らしの方が、都会の大企業で働くことよりも
魅力的に思える人は結構多いはずなんですけどね。

No title

>不思議ですね。増えているはずの高齢者は一体どこにいるんでしょう?


パターンとしては、土地を持たないお年寄りは都会へ流れます。

土地を持っていたら、管理の為に、お年寄りは田舎に残りますが、息子は都会に出ます。農作物だけの収入では食べてゆけないのです。
その後、都会での息子が呼び寄せたり、お年寄りが寿命などで亡くなったら、家と土地は近所の体裁から、なるべく手放さず、息子が管理しながらか、耕作放棄地として、持ち続けます。

だから、耕作放棄地は、タダでも喜んで貸してくれたり、売ってくれたりするのですが、家がないのです。

そのため、通勤範囲内に土地を10アール以上持っていないと農家になれないなどの、農地法がネックになり、まぁ、その辺に新規農家のむずかしさがあるのです。


でも、これからは、農地を手放したりしないほうがいいと思っています。おそらくこれからは、農地の需要が高まるだろうと考えています。もしかしたら、徐々に高く売れるかも知れません。それに、ガソリン、肥料の高騰から、自然農に注目が集まり、必然的に田舎への人口も増えるのではないかと予想しています。

そういう話をすると、老人たちが喜んでくれます。
(お年寄りにも、夢を・・・・・。。って、オイ、お年寄りを糠喜びさせるなよ。・・悪い遊びだなぁ)


一極集中は、ダメです。
何事もバランス良くね。。



No title

>みなべ さん

なるほど。土地を持たない高齢者は、都会に流れているんですね。
丁寧な説明、どうも有難うございます。

田舎には耕す人のない土地があり、都会には仕事のない人がいる。
単純にミックスしちゃえばいのに、と思いますが、そう簡単にはいかないんでしょうね。

>一極集中は、ダメです。
>何事もバランス良くね。。

ワタシも、そう思います。


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KIKI

Author:KIKI
今、必要なのは、情報に流されず、変化を恐れない「強かさ」と「しなやかさ」。シンプル・ミニマム志向で、消費の縮小と健康の維持に取り組む「ひきこもり」のブログ。(コメントは有難く読ませていただいていますが、現在お返事をする余裕がありません。何卒ご了承ください。)

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