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白砂糖は、もう買わない。(できるだけ・・・)


白砂糖、止めた方がいいらしいです。

黒糖やきび糖と違って、何のミネラルも残ってない、ただ甘いだけの白砂糖。

毒にも薬にもならないなら、まだ許せますが、
この白砂糖、薬にはならないくせに、毒にはなるらしい。

血糖値を急激に上げたり下げたりするので、疲れやすくなるし、
体内のカルシウムやビタミンB1などを奪うし、白砂糖を毎日大量に摂取するのは
カラダにとって、ものすごく危険なことらしいです。

しかも厄介なのは、ほとんどの加工食品に入ってるって事。
お菓子やパンだけでなく、お惣菜や冷凍食品、ケチャップなどの調味料にも。

カラダに良いと言われる和食、基本の味付けは、砂糖と醤油と酒です。
ほうれん草のおひたしや根菜の煮物。一見ヘルシーですが、
スーパーやコンビニで買う、お弁当や出来合いのオカズに使われているのは
まず間違いなく白砂糖。値段も安いし、色も付かないから。

白砂糖を摂取したくないと思ったら、覚悟を決めて、自炊するしかないです。
ワタシ、料理には黒糖かきび糖、蜂蜜を使います。
だから、ウチの煮物のカブは、ちょっと茶っぽいです。

でも、タイトルにコッソリ(できるだけ)と書いたのは、ウチに白砂糖があるからです。

なぜかというと、ワタシ、プリンが好物でして。月に一度くらい食べたくなるんですよ。
特に、産直卵が届いたりすると、まずプリン、とりあえずプリン、プリン、プリン、プリン。
頭の中プリンでいっぱいになります。

で、プリンに欠かせないカラメルソース。
コイツがなかなか曲者でして、いえ、結構簡単に作れるんですよ。
白砂糖を使えばね。

一番最初に、黒っぽいテフロン鍋で、きび糖を使ってカラメルソースを作ろうとした時は、
悲劇でした。全然、目安がわからない。

ワタシ、一通り料理もお菓子作りもしますけど、別にプロじゃないので、匂いだけでカラメル
ソースを作れるほどの技術はありません。だから、プリン用に白砂糖置いてます。

月に一度しか使わないから、なかなか無くならないけれど、無くなったら・・・
また買っちゃうかもしれません。

ワタシ、基本は少食・菜食を心がけてますが、たまには肉も食べるし、お酒も飲むし、
白い砂糖も小麦粉も米も使います。

矛盾してるかもしれませんが、自分で作ったルールに、ガチガチに縛られるのは窮屈だし、
たまには、好きな物を好きなだけ、楽しんで食べればいいじゃないかと思うので。
たとえ、それが健康的でなくても。

パーフェクトなんて目指してないし、自分で自分を縛り付けたくない。
理論や建前で雁字搦めされて、身動きが取れなくなることの利点なんて思いつかない。
強いて言うなら、不自由な自由?
でも、ワタシは、もっと柔軟に臨機応変に対処できる人でいたい。

ワタシ、めちゃくちゃ矛盾だらけの人間です。
理論が一貫していなかったり、間違った選択をしたり、
矛盾した行動をとったり・・・。

そもそも矛盾だらけの社会に生きてる人間が、矛盾せず生きていけるわけない
と思うんですけどね。まったく矛盾してない人の方が、不自然な気がします。

誰しも、多かれ少なかれ、何らかの矛盾を抱えて生きているのではないでしょうか。

いい加減で、テキトーで。
でも、だから、生きていけるのかもしれない。
この矛盾だらけの世界の中で。

ひきこもり、万歳。
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No title

私は今までに何度も不食に失敗(断念)していますが、
あまり凹んでいません。むしろ「食」が楽しい毎日です。
「ちょっとはへこめよ」とも思うのですが・・・・・

ゲートボールを始めると、「失敗は素晴らしい」と思い始めました。
天真爛漫なお年寄りの影響でしょうか?

そもそも、失敗はいけないと誰が言い始めたのでしょう?



ゲートボールをやっていると、ちいさな石が、転がる球の邪魔するんですよ。

でもね、それがないと、上手い人は、一人でとことんまでやっちゃう。
上手い人は、本当に上手いんだから・・・。
だから私は、小石は神様が配慮して置いてくれているのだと思ってる。

まさに神の意志(いし)だね。

上手い人も下手な人も心の中では、失敗は小石のせいなんです。
だからみんな、ニコニコやっている。
大事な場面で失敗したときは大爆笑です。(もちろん、相手チームがですが・・・)
一方ではゲートボールは、殺人事件まで起こってるスポーツなんだけどね。

失敗がない世界を想像したらわかるけど、「失敗」が世の中を楽しくしているのです。


いかりや長介が、よく行く未開の地で、
杵で臼を突く時、わざと空振りしたことがあった。
すると人々は、たいへん喜んだ。
それは観衆の中に緊張と緩和が起こっているからです。
さらに、単純な動作での出来事なので、
空振りした長介の真意(長介の表情にはっきり出ている)をストーレートに感じ取り、安心して笑うのです。
(ついでに言うと、この後、長介は、ネタ系の笑いを仕掛けて人々の反応を見ています。しかし、笑いの反応が少ないのです。その理由は、TVの中では、理解ができなかったと結論付けられていましたが、私には、理解できても、長介の真意を汲み取るのに思考が入り、表情を見ても、真意をストレートに感じ取れないためだと思えます。相手に対して、笑っていいのかどうかがわからないのです。根拠は、長介が何度も現地に赴くほど、彼らは純粋で、優しい人たちばかりなのですから)


私たちだって同じだ。
お笑いの基本は、杵の空振りのように、予想を裏切ることにあります。
小噺や、ジョークなどを見ればわかると思います。
意外性の中に笑いは生まれるのです。
(ただし、ギャグは予想通りでないといけません。
ギャグは、ぎゃくなのです。
ギャグのようなものは、「お約束」といいます。
予想を裏切るネタの中で、わずかの間だけでも、
お客様を緊張から解き放ち、安心の笑いへと誘導するのです。
この緊張と緩和が、演芸の極致なのです。)

また、失敗から、多くを学び、人類は進歩を続けます。

失敗こそが、人生を豊かにし、また、人生の目的ともいえます。
完全なら、神ですから、人生なんていらないはずです。

でも社会においては、失敗はなくそうとします。
失敗したら、失格、クビ、刑務所、死刑です。
いったいどうして?

それは他者を許さない心です。

さて、だれがその「許さない心」を大量に日本に持ち込んだのでしょうか?

答は、罪、罰、刑法、法律、そのあたりにあるようですね。

では、それを持ち込んだ人は、もちろん、自分に対しても厳しいのでしょうか?
国会議員や、官僚を見てみれば、大体の答は想像がつきますよね。

裁判員制度・・・・・・・
日本はどこへ向かってゆくのでしょうか?

2010.12.07



>パーフェクトなんて目指してないし、自分で自分を縛り付けたくない。

でも、私は、自分を縛りつけない方向で、パーフェクトを目指していますよ。
そ~と~、気長にね。  
きっと、パーフェクトは、縛りつけない方向にあると思うんだなぁ。これが。



最後に一言・・・・・長介の・・じゃない。。。長文の投稿でごめんね。

No title

>みなべ さん

コメント、有難うございます。

まっすぐゴールに向かう人生なんて、面白くない。
寄り道や、回り道こそ人生の醍醐味だろう、と思ってました。
今や、もはや「ゴール」に向かってすらいませんが。

「失敗」も同じことですよね。
失敗のない人生なんて、面白くないし、楽しくないでしょうし、
失敗を許さない社会は、窮屈で生き辛いと思います。

ところで、「パーフェクト」という単語、外国語だと割と簡単に
「素晴らしい」というような意味で使ったりしますよね。

日本だと、誰が見てもパーフェクトじゃないといけない気がしますが、
外国だと、自分がパーフェクトだと思えば、それでOKなのかもしれません。

みんなに「それは違うやろ」と突っ込まれながらも、「ワタシの人生パーフェクトだったわぁ」と
最期に自己満足するのも悪くないなと思います。

No title

自分に対しても、相手に対しても、
「失敗」を『それでもいいんだよ』
と思う処に天国が出現すると思っています。

「全部」。それが本当のパーフェクト(天国)だと思うのです。

「他者による制限」や、「自分によっての我慢」をすれば、それは一部分になってしまいます。
(そういえば、白砂糖も部分ですよね。いまだに現代は、「いいとこどり」の精神で進んでいますね)

いずれは、自分と、相手の境も取り払って、さらなるパーフェクトを目指すことになると思っています。

今の段階では、
そのカギになるのは、(想念=世界)(完全=世界の消滅)だと思っています。そのことは一般的には、「苦集滅道」といいますね。

そ~と~、長い道のりでしょうけどね。
でもその道のりには、喜びという副作用が伴いますから、
だんだん楽しくなってゆくのです。



>みんなに「それは違うやろ」と突っ込まれながらも、「ワタシの人生パーフェクトだったわぁ」と
最期に自己満足するのも悪くないなと思います。


何となく、なんですけどね。
誰もが、本当はパーフェクト(この場合の意味は見事に計算されたというニュアンスかなぁ)な人生を歩んでいるんだと思うんですよ。
ただ、人生において、必要な気づきが得られないと、何度も同じことを繰り返すことがあるだけだと思っています。集合意識がいつまでも変化しないから、歴史は繰り返しているんだと思います。(支配階級を操っている想念の塊が人類の進化の邪魔をしていると思っています。邪魔と言っても、逆にそれが私たちの為になっているんですよ。長くなるのでこの辺で・・・)


私も少しづつですが、
「パーフェクトだから、自分にこんなことが起こっている。はて、自分はここから何を学ぶべきなのであろう」
と出来事を受け止め、考える癖がつき、それまでと全く違う人生が現れてきました。その結果が、この状態なのです。今でも、少しずつラクになっています。

何でもかんでも「拒否する人生」から、
「認め、喜ぶ人生」へと、移行し始めたのです。
すると、イライラで発狂しそうな毎日が、
のんびりとした毎日の、現在へと変わってゆきました。
(無収入で、一人っきりですから、昔の私なら、イライラが募り、不安のあまり、首を吊っているかもしれません。「これじゃだめだ」と何度も心で繰り返しているはずです。それほど、心が忙しい人間だったのです。のんびりしている今でも、あの頃の心境や、考え方は、嫌というほど理解できます。まるで病気の頃の苦しさを思い出しているようにです。まだまだ書きたいところですが、この辺で・・・、)

人生が辛いものだとするか、楽しいものだ、とするかは、出来事によるものではなく、ただ、本人の考えかたとか、気の持ちようだけなのだなぁとつくづく思います。

No title

はじめまして。この記事を読んでから、テレビを見ていると、「脳のエネルギーはブドウ糖だけ!脳の為にお砂糖を食べましょう!」というCMが流れていたので、思わずコメントしました。コーヒーのようなものに、白砂糖をスプーンで入れてるCMで、砂糖は白砂糖の事だと思います。そんなもん、ご飯の中にも他炭水化物や、パンやお菓子とか今の時代過剰摂取を訴えるならわかるけど、積極的に白砂糖を食べろって・・・・・。

No title

>カラフル さん

コメント、有難うございます。

そんな危険なCMやってるんですか!?
有り得ないですね。

日本人は騙されやすく、簡単に洗脳されると言われますが、
食と健康に関しては、かなり敏感であると思うんです。

菜食・少食、マクロビやローフードが流行ったりして、今や、白砂糖を
極力避けている人が結構たくさんいますよね。

人々がどんどん健康になると「あれ、何かおかしい?」そう疑問を持って、
余計なことに気づいてしまう。

そうなると都合が悪い人がいるんでしょうね。

なんちゃって~

こんにちは

私は五年前からマクロビ生活をしておりますが
完全なマクロビではありません

あまり『ガチガチ』になると長続きしないので

『なんちゃってマクロビ』をやっております。


これからもあまりいろいろな事にこだわらずに生きていきたい




こちらのブログはいつも楽しみにしております

No title

>ひかる さん

コメント、ありがとうございます。

>あまり『ガチガチ』になると長続きしないので

その通りですよね。
本当に、「なんちゃって」で十分だと思います。

ワタシは、マクロビやロー、ナチュハイ、BOOCSにプチ断食、
甲田療法など、いろいろ聞きかじってはいますが、
どれも完全には取り組んでません。

自分の身体と相談して、その時の気分でテキトーに食べてます。
それでも、今の所、面倒な病気とは無縁です。

>これからもあまりいろいろな事にこだわらずに生きていきたい

同感です。
プロフィール

KIKI

Author:KIKI
今、必要なのは、情報に流されず、変化を恐れない「強かさ」と「しなやかさ」。シンプル・ミニマム志向で、消費の縮小と健康の維持に取り組む「ひきこもり」のブログ。(コメントは有難く読ませていただいていますが、現在お返事をする余裕がありません。何卒ご了承ください。)

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